無音  放課後の少女達

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無音  放課後の少女達

 その遊びは禁じられていた。  いわゆる鬼ゴッコ。そもそも、小学五年生にもなって選択する遊びではなかった。  幼かった数年前なら何度か遊んだ記憶が有る。もっとも、その度に大人達に叱られた苦い記憶も有る。それを、何で今更? (しかもこんな場所で……)  溜め息と共に少女は改めて、寂れた周辺を見渡した。そこで遊ぶことも禁じられていた。  閉鎖された金型工場。長方形の建物は現在は完全に押し黙っているが、稼働中は地場産業の代表格という(おご)りの元、無遠慮に近隣へ騒音を撒き散らしていたであろう。  敷地内の駐車スペースだったと思われる場所には空き缶類の不燃物、ナンバープレートを外した自動車数台が不法投棄されていて、それらを行政が取り締まる気配は無かった。  見捨てられた地。これこそがこの、解体すらされていない廃工場に最も相応しい呼び名に思えた。 (付き合うんじゃなかった。こんなトコで遊んだら服が汚れそう。お母さんに怒られちゃうよ)  少女は名をアズサと言った。当時の日本人にしては手足がすらりと長く、大きな瞳が印象的な美しい娘だった。彼女は自分を誘った仲間達の顔を恨めしそうに見渡した。同じ学年の四人の少女達。  小学校入学以来、アズサと四人はいつもつるんでいた。休み時間や放課後、休日のショッピングや親も交えたキャンプ。時々他の子供が加わることは有っても、メンバー内の誰かが外れることはない五人組。一学年一クラスしかない小規模校の環境が、より一層少女達の結び付きを強めた。  気心の知れた友達、そうアズサは信じていた。少なくともその時までは。 (そうだ、ここへ来ようと言い出したのはアイリだった)  アズサは少女達の一人に目線を定めた。グループ内でも特にアズサと仲の良い相手であるアイリ。親友、と言っても差し障り無いかもしれない。だからこそ今日のアイリの提案は、普段の彼女をよく知るアズサにとって意外なものに思えた。  ティーン向けのファッション誌を愛読するアイリは、常にセンスの良い服とアイテムを身に着け、小学生にして日焼けを気にするマセた少女だった。9月初めの午後4時、まだまだ陽射しが強い中、屋外で汗だくになって鬼ゴッコに興じるなど、お洒落な少女であるアイリのイメージからかけ離れていた。  それが最初の違和感だった。しかしアズサは軽く流した。たまにはアイリにだってそういうことも有るでしょう、と。 「アズサちゃん、ほら、あっちの方が面白そうだよ」  消極的な少女だったはずのマリエが不意に手を伸ばしてきて、強引にアズサの手を引き、駐車場と同程度に荒れ果てた工場内へと誘導した。 「えっ……、ちょっと、マリエちゃん!?」  戸惑いつつも建物内に入ったアズサを迎えたのは、降り積もった埃と(さび)臭さだった。不愉快さに(たま)らずアズサは引き返そうとしたが、後から入ってきた残りの少女達に退路を断たれる形となった。 (あれ……?)  アズサは皆の口数が少ないように感じた。グループのムードメーカー的ポジションにいるミキでさえ、緊張でもしているかのように唇を結んでいた。二つ目の違和感だった。 「……ここら辺でいいんじゃない?」 「……そうだね」  やたらと周囲をキョロキョロと見回す仲間達に、三つ目の違和感を抱いたアズサ。彼女はついに疑問を口に出していた。 「……みんな、今日は何か変じゃない?」  答えたのはアイリ。 「別に。何でもない、大丈夫よ」  ぎこちない不自然な親友の笑顔に、アズサの本能が警鐘を鳴らした。違う。いつもと同じ面子(めんつ)。他愛のない遊び。でも違う。 「私、帰らなきゃ……」  クラスの人気者でハツラツとしたアズサにしては弱々しい声が出た。何がどうとは判らないが、言いようのない不安が急速に彼女を包んでいった。 (私はここに居てはいけない……!) 「何でさ、さっきは時間有るって言ってたじゃん!」  イラつきを隠さない声音でアズサを責めたのはサヤカだ。スポーツ万能で勝気なサヤカは常日頃、他人の言動に対して短気を起こす傾向が有った。 「でも、こんな所に来るなんて思わなかったし、それに……そうだ、この遊び、絶対にするなってお祖母(ばあ)ちゃんが言っていたから」 「昔はフツーに遊んでたじゃん。先生に注意されても隠れて。それがどうして今日は駄目なのさ?」 「前に遊んだのを見つかった時、お祖母ちゃんに凄く怒られたんだよ。それでその時、もう二度と遊ばないって約束させられたの。サヤカちゃんもあの時一緒に居たよね?」 「アンタって、何かにつけてお祖母ちゃんお祖母ちゃんって……」 「まぁまぁ、アズサちゃんもサヤカちゃんも」  仲裁に入ったのはミキだった。サヤカになじられて萎縮していたアズサはミキに救われた気持ちになったが、それは裏切られた。 「アズサちゃん、一回だけ遊ぼ。一回だけだよ。時間もそんなにかからないよ」 (回数の問題じゃないのに) 「そうだよ、やろうよ。せっかくここまで来たんだしさ」 「黙ってればお祖母ちゃんにはバレないよ」 「ここって隠れる場所がいっぱい在りそうだし、きっと盛り上がるよ」 「もしかしたら、鬼が勝つかもね」  数分前とは打って変わった饒舌さで、少女達はたかが鬼ゴッコを執拗にアズサへ勧めた。
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