40人が本棚に入れています
本棚に追加
2
「もうね、入学した時からすごかったらしいよ、三島先輩」
花壇の雑草を抜きながら部長が言った。
もうちょっと年が近くて一緒に中学に通ってたら、僕もりっくんを『三島先輩』って呼んでたのかな。
「三島先輩が陸上部に入って練習始めたら、グラウンドに女子の人垣ができてね」
「そうそう! 誰かが『差し入れする!』とか言い出して、自販機のスポドリとミネラルウォーターが売り切れになったこともあったんだって」
別の先輩が笑いながら言った。
「三島先輩は誰からも受け取らなかったらしいけどね」
「うわー、そんなことあったんですねー」
僕と同じ小学校から来た里田さんが、目を丸くして言った。
これで何個目かな、りっくんの『伝説』。
バレンタインのチョコ山積みとかは予想の範囲内だった。
「体育大会なんて平日にやってたのに、フェンスの周りに女の人がいっぱい来てたしね」
「毎年最後のリレーに代表で出ててね、三島先輩は絶対1番前でバトン渡してたよ」
「え、すごい、ですね」
「ねー! 前に何人いても全部抜いて1番! すっごい速かったもん、三島先輩」
見たかったーー……
「カッコよかったよー。男子も見惚れてて「カッケー!」って叫んでた」
副部長が目を細めて言った。
中学に入学して、先輩や先生からりっくんの話を色々聞けた。
みんな懐かしそうに、嬉しそうにりっくんの話をする。
玄関には大会のトロフィーと一緒にりっくんの写真が飾ってあるし、写真部が月替わりで展示してる作品には、まだりっくんが写ってるものがあった。
中学時代のりっくんが、少しずつ集まってくる。
道ですれ違うりっくんとは喋れないけど、りっくんの欠片は手に入る。
広めの歩道、前方からちょっとダルそうにりっくんが歩いてきてる。女の子と一緒に。
少し前に見た子と違う。顔は覚えてないけど、この前の子はショートカットで、今りっくんの隣にいる子はロングヘアだ。
女の子と歩いてるりっくんは、絶対に僕の方を見ない。だから僕は、ある意味安心してりっくんを見ることができた。
ねぇ、りっくん
文化祭の展示でね、りっくんのコーナーがあったよ
サッカー部の助っ人とかやってたんだってね カッコいい写真見たよ
自販機のパックのコーヒー牛乳好きだったんでしょ?
僕も飲んでみたよ 甘くて美味しかった
ねぇ、りっくん
また背伸びたね
高校の制服、カッコいいね
僕は中学生になったよ 少しはりっくんに追いついた?
どんなに頑張っても、歳の差は縮まらない。
気怠げな顔をしてすれ違ったりっくんを振り返ってみた。
肩幅の広い、綺麗な後ろ姿が遠ざかっていく。
唇をぐっと噛んで、その背中を見つめた。
最初のコメントを投稿しよう!