プロローグ

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プロローグ

「いま、なんて言ったの?」  ヒロ君は私に背を向けて、スマホゲームをしていた。さっきと変わらない姿勢で、さっきと変わらない首の角度だ。  だから気のせいかもしれないと思った矢先、彼は言った。 「だから、別れようって」  水道の水が蛇口から出てきて、何も触れないまま排水口に流れ落ちる。夕飯の洗い物の途中。  現実とは思えなくて、呼吸が浅くなった。瞳にも涙が浮かんでくる。 「……え。待って。分かんない。どうして? 私、何かしたかな……? 何か、ヒロ君の気に入らないこと」 「いや、そういうんじゃないけど」 「何かしたなら、もうしないように改めるよ。理由、教えて?」 「うーん」  ヒロ君は面倒くさそうな生返事だ。こんな大事な話をしているのに、ゲーム音が止まない。  私が音楽を聴くときはうるさいから止めてって言われるから、ワイヤレスイヤホンで聴くようにしていた。私もヒロ君のゲーム音は好きじゃないから本当はイヤホンをしてほしいけど、言わなかった。ヒロ君が嫌そうな顔をしそうだから。  そうやってずっとこっちは我慢してきたのに、ヒロ君は私の声が届いていないみたいに背中を向けている。 「ヒロ君」 「他に好きな子ができた」  すごく面倒くさそうに、ヒロ君が言った。  こっちを向かないのはそういうこと。ぶつかり合うのが面倒くさいから。説明するのが面倒くさいから。私が面倒くさいから。 「そっか」    私は水道の水を止めた。急に部屋の中が静かになった気がした。  次の言葉を探すけど、ヒントはどこにもない。見つかったのは、ヒロ君との交際が始まる時に買ってもらった右手の指輪の上に浮かんだ、鈍い光だけだった。
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