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本当は何度も作ったから覚えているけど、もうあのミートローフは作りたくない。あれは私とヒロ君の思い出の一品だから、その領域に鷹野さんを踏み込ませたくなかったのだ。
でもそんなことを知らない鷹野さんは、拗ねたように目を細めた。
「ふーん」
絶対に納得のいっていない表情だ。私はその視線から逃れるように、お風呂場のドアを開けて栓をしたバスタブにお湯を入れ始めた。
「いま、お湯を入れているので鷹野さん、先にお風呂どうぞ」
「いいの? あんたのうちなんだから、あんたが先に入ればいいのに」
「終わった後、お風呂掃除したいから……お先にどうぞ」
「風呂掃除くらい俺がやるよ。洗剤どこ?」
鷹野さんが立ち上がる。
うちはワンルームでは珍しく浴槽とトイレが別になっている。その間に脱衣所も兼ねた洗面スペースがあり、洗い場の下の小さな収納スペースに生活のものが諸々入っている。トイレットペーパーや浴槽洗剤、消臭剤など、諸々。狭いから余計なものを置かず、スッキリとした見た目になっている。
「洗っていただくのは申し訳ないので、私がやります」
「遠慮すんなって。これからは俺も住むんだから」
「でも……」
「余計な気遣いだ」
鷹野さんにはっきり言われて、私はドキッとする。
「ごめんなさい」
「謝る必要もない」
鷹野さんはフッと笑った。その笑顔が妙に格好よかった。
「じゃあ、一週間交代にしないか? 今週はあんたで、来週から俺で」
「そうですね。それならいいです」
鷹野さんはタバコを取り出し、換気扇の下で吸い始めた。その後ろ姿がやっぱり様になっている。紫煙が暖かみのあるライトに照らされて上っていく。
お掃除当番か。
そういえば、ヒロ君とも最初はこんなやり取りしたっけ。すぐに私が全部やることになったけど。
鷹野さんのことは信じられるのだろうか。
ちょっと強引でマイペースなところはあるけど、彼は彼なりに人間関係について真剣に改善しようとしているのかもしれない。そうでなかったら私なんかと暮らそうと本気で思うはずがない。
私も彼になら遠慮なく言えるようになるかな。ヒロ君には言えずに我慢していたことも、思い切り。
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