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「腹一杯になったら眠くなってきたな。明日も早朝会議で早いし、今夜は早めに寝てえな」
鷹野さんがあくびをした。
その時、私はあるとても重大なことに気がついた。
鷹野さんの荷物は大きなスポーツバッグひとつだ。布団を持ってきていない。狭いワンルームにはお客様用の布団をしまっておくような空きスペースがないので、私も布団を買っていない。ということは。
「た、鷹野さん。お布団、どうしましょう? ベッドひとつしかないんですけど」
「あ? 一緒に寝ればいいだろ」
こともなげに鷹野さんが言う。その即答、能天気さに腹が立つ。シングルベッドだから、体の大きな鷹野さんと添い寝なんかしたら絶対に肌が触れ合う。寝姿を想像して、私はカアッと耳が熱くなった。
「そんなことできませんっ」
「手なんか出したりしねえって」
そう言われるのも、私だけ意識しているみたいでなんかムカつく。
私は無言でタオルをラグの上に重ね、クッションを枕に見立てて置いた。
「私、ここで寝ますから鷹野さんはそっちでどうぞ」
「おい。床で寝たら疲れ取れねえぞ。風邪引くし」
「大丈夫です。体だけは丈夫なので。今度の週末にお布団買ってきますから、それまでの我慢だと思えば」
「わざわざ買わなくても。週末になったら前の家で使ってたやつを持ってくるよ。それまではとりあえず俺がこれで我慢する」
いくら押しかけとはいえ、お客様を床で寝かせるのは気が引ける。
「でも、明日は早朝会議なんですよね? 疲れを残しちゃだめじゃないですか」
「仕事があるのはあんたも同じだろ」
「私はただの事務だし、鷹野さんほど重要な仕事は任されていませんから」
「いや、あんたには何より重要な仕事があるだろ」
鷹野さんはタバコを吐き出すと、私を真顔で見た。
「あんたが倒れたら、誰が俺の飯を作るんだよ」
「それですか?」
それしかない、というように彼は頷く。どこまでも食い意地の張った人だ。
「とにかく、あんたの体は俺の体より大事だから俺が床で寝る。いいな」
鷹野さんは勝手にそう決定してしまって、お風呂場に向かった。そろそろ浴槽のお湯がいっぱいになる頃だった。
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