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「朝ごはんできてます! あと、お弁当も作ったのでどうぞ!」
「なに怒ってんだよ」
デリカシーのない彼は私の怒りの理由にも気づかず、ボサボサになっていた髪を整え、顔を洗って髭を剃る。さっぱりとして戻ってきた彼はやっぱり格好良くて、ずるいなと思ってしまう。
ドタバタした朝を過ごしたのち、彼の方が先に会社へ向かう時間になった。
「弁当まで、悪いな」
嬉しそうな笑顔を見せる鷹野さんに、私はもうひとつあるものを渡す。
「鷹野さん。これ」
「ん?」
「ここの合鍵です。もしも鷹野さんが先に帰るようなことがあったら、と思って」
可愛いネコのキーホルダーがついた鍵を見て、鷹野さんが「何これ」と笑った。私は急に恥ずかしくなった。
「あ、それは恥ずかしかったら外してもいいです。何かついていた方が無くさないんじゃないかと思ってつけただけなので、後で鷹野さんの好きなキーホルダーに付け替えて貰えば」
またやっちゃった、要らない気遣い。
けれども鷹野さんは笑顔のまま鍵をカバンの中に入れた。
「ありがとな。大事にする」
私はドキッとして、口角が上がりそうな口元に力を入れて無理やりへの字にした。
「昨日の夜は寝落ちしちゃってごめんな。また週末になったらゆっくりまとめて大河観よう」
「こ、今度こそ約束ですからねっ」
「行ってきます」
鷹野さんが大きな革靴を履いて玄関を出ていく。その音を聞いて、私は深呼吸した。
「大事にする……か」
ヒロ君には言われたことあったっけ、そんなこと。あったとしても、もう遠い昔のことだ。まだフラれたばかりなのに、思ったよりも昔のことにできている。
ふと見ると、グチャグチャに敷かれたタオルに鷹野さんの寝相がスタンプされていた。
「もう……だらしないんだから」
文句を言いつつも、私の顔には自然と笑みがこぼれる。週末がちょっと待ち遠しくなっていた。
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