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いきなり始まったお国事情の説明に、天翔は気持ちのこもらない返事をすることしか出来ない。
地理や国名をいきなり言われても、わかるわけがないのだ。
「ここはいずれ知るだろうから、今は割愛しておくことにしよう」
「お願いします」
ナイトハルトが天翔のすぐ隣に腰を下ろし、説明を打ち切ってくれた。どうやら天翔が乗り気ではないことに気が付いてくれていたようだ。
そして、彼は自身のカップに手を伸ばし、口に運ぶ。無駄なんてちっともない動きは美しい。自然と目を惹きつけられる。
「いずれは近隣の国や地理なんかも知るべきだ。が、さすがに今は頭が追い付かないだろう」
ゆるゆると首を横に振ったナイトハルトがカップから口を離して言う。
「今はここが俺の所有する邸宅であるということ。俺の身分が王弟であり、名前がナイトハルトということだけ覚えておけば十分だ」
「は、はい」
三つくらいの情報なら、覚えられるはず。異常事態に陥っているため、保証はないが。
(というか、俺、落ち着きすぎだろ……)
もっと慌てて「元の世界に戻せ!」と言うほうが良かっただろうか。薄情な人間に思われてはいないだろうか?
天翔は思案するものの、やはり帰りたいとは思えなかった。響也への気持ちを振り切れていない今、元の世界に戻ったところで苦しいだけだ。
「お前、名前は? 俺は名乗ったんだけど」
不意に耳に届いた言葉に天翔は現実に戻ってくる。気が付けば、ナイトハルトは天翔のことを凝視している。
名乗ったほうがいいのだと、今更理解が及んだ。
「俺は、弥生 天翔って言います。多分この国に合わせるなら、アマト・ヤヨイ……かと」
「アマトな」
ナイトハルトは脚を組みつつ、天翔の名前を口にする。
どうしてだろうか。それだけで、天翔の心臓がどくんと大きく音を鳴らした。
ナイトハルトの艶めかしい唇が自身の名前を呼ぶだけで、ドキドキとしてしまう。
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