16 新しいおもちゃ

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16 新しいおもちゃ

 第二皇子のフィリップは皇帝が34歳の時に授かった息子で皇帝の髪色と瞳をそっくり受け継いでいる。  この見た目の影響もあり、幼少の頃は父である皇帝にお願いすれば何でも欲しい物を手に入れる事が出来た。  しかし欲しいものがすぐに手に入る環境で育ったフィリップ皇子は新しいおもちゃをプレゼントされてもすぐに飽きてしまう様になる。  皇子の部屋は常に新しいおもちゃで一杯になり、古いおもちゃはひと月と経たずに捨てられていった。  やがてフィリップは無機質なおもちゃよりも生きているものの方が面白いと思う様になり、やがてプレゼントされるおもちゃを受け取る事もしなくなった。  木で出来たおもちゃの馬も柔らかいフワフワした縫いぐるみも、話し相手にはならず反応がないからだ。  2つ年上のマクシミリアンは一緒に遊んでくれるので楽しかったが、フィリップが欲しかったのは自分の命令に喜んで従うおもちゃだ。  初めて生きているおもちゃを貰ったのはフィリップが6歳の時。  茶色い栗色をした子犬だった。  子犬は面白いほどフィリップの命令を聞き尻尾を振って喜んで命令に従った。  どんなに遠くに遊びに行っても、どんなにお腹が空いていてもフィリップの命令を聞いてくれる子犬は可愛らしく夢中になった。  ところがフィリップが15歳の秋に大切にしていた犬は森で開催された狩猟祭で熊に襲われて死んでしまう。  「猟犬でもないのに連れ回すからだ。新しい犬をプレゼントしよう」  父であるルードヴィッヒ皇帝はすぐに新しい犬をフィリップに買い与えたのだが、何故かフィリップは見向きもしなかった。  「――もう犬は要らない。飽きたから…」  全く犬に興味を示す事が無くなったフィリップに代わってマクシミリアンが犬を飼う事になった。  この頃から、フィリップは人間に興味を持つようになっていったのだ。  「だって人間は話せるし、笑うし、怒るし、泣くからね」  ***  庭園の東屋に蹲るカレンは雨に打たれた子犬の様だ。  昔飼っていた子犬と同じ縋る様な潤んだ瞳を見てフィリップはゾクゾクした。  「カレンは父上の専属異能者なのにこんな所に隠れているなんて……イケナイ子だね?」  ガタガタと震えるカレンを黙って抱き上げる。  「きゃあっ……何を…フィリップ殿下! も、申し訳ありません! 大丈夫ですから!」  先程まで震えていた青ざめた顔が今は真っ赤になっている。  「ふふふ……可愛いなぁ。カレン、今日から私の命令だけ聞いて欲しいな」  カレンは驚いてフィリップを見上げた。  アイスブルーの涼やかな瞳が自分を見つめている。  「もうすぐ私の誕生日なんだ。父上に頼んでみるよ。君が欲しいから」  真っ赤になったカレンは口を開く事も出来ずにコクリと頷いた。  ***  テオドール皇子の邸宅ではローラがエリーンに面白い顔を何度も見せてあやしていた。  「マリアンヌ様? 赤ちゃんってもう目が見えているのでしょうか」  ローラの素朴な質問にマリアンヌはにこっと笑った。  「そうね。ぼんやりとかもしれないけれど、恐らく見えているのではないかしら。だって動く木の葉とか、目で追う事があるし」  ローラの顔が輝く。  「ほ、本当ですか? じっ、実は私ルイス先生から魔法を習得しているのですが、今育児用の魔道具を作っているのです!」  「魔道具?」  「はいっ! 先生は魔法の修行の為に先ずは魔道具を作ってみろ、と言われたのです」  魔道具は、魔力のある人間が無機質な道具に魔法を掛ける事によって様々な生活の役に立つ道具だ。  人間の身体に魔法を掛けるよりも危険性は無いからなのだろう。  「ルイス先生は何でも好きなものを作る様にと仰いましたので、私エリーンお嬢様がお喜びになるおもちゃの魔道具を作る事にしたのです」  「おもちゃの…魔道具?」  ローラがマリアンヌの手を取る。  「そうです! エリーンお嬢様が夢中で遊んでいられる魔道具です。そうなれば、マリアンヌ様も少しは眠れるでしょう?」  「ローラ……」  ローラは、マリアンヌが3時間おきにエリーンに乳を与えている事を知っている。  エリーンは乳を飲んでいない時間、眠っている事もあれば起きている事もある。  起きている時間、大人しくしていれば良いのだが、すぐにグズグズと泣き出してしまう。  マリアンヌが抱き上げると泣き止むのだが、睡眠不足のマリアンヌが倒れてしまうのではないかと、不安になるのだ。  「それで……ローラはどの様な魔道具を考えているの?」  ローラは、恥ずかしそうに物入に仕舞ってある作りかけの魔道具を見せた。  「まあっ! これは……? 」  とても不思議な形をしている。  小さな木の形をした魔道具で、枝には沢山の小さな手の平サイズの縫いぐるみや木で出来た様々な形のおもちゃが糸でぶら下がっている。  ローラが説明をする。  「ええっと、この魔道具をゆりかごにくっ付けます。そして今からこちらに魔力を込めると、木で出来た魔道具が成長して、木の枝にぶら下がった人形や縫いぐるみ達が音楽に合わせてクルクル回るのです」  「面白そうね! 早く見たいわ!」  マリアンヌが大喜びしている。  「――赤子は赤や黄色など、はっきりした色だと更によく見えるそうですよ……」  背後でカチャリ、と眼鏡をかけ直す音がして振り返ると無表情におもちゃを見つめるルイスがいた。  「きゃあっ! ル、ルイス先生……いつの間に!」  ローラが驚いて叫び声を上げた。  「――私を先生と呼ぶなと言っているではありませんか……学習しませんね」  ルイスは溜息をつくと、無詠唱で魔法陣を描く。  パッと明るい光が木の枝にぶら下がる小さなおもちゃを包むと赤や黄色、緑や鮮やかな青色に変わった。  「凄いわ! 流石はルイスせんせ……じゃなくてルイス様!」  慌ててローラが言い直す。  ローラが思わず先生と言いたくなる様な素晴らしい魔法だ。  「ではローラ、教えた通りに。貴女の魔力は化け物並みなので、本来は魔力持ちは体内にあるマナを心の中でイメージし、集中して身体の真ん中に集めるイメージなのですが既に身体の中に満タンになっている水を糸の様に細くして身体の中心から慎重に押し出すイメージですよ?」  「は、ハイっ! ローラ、行きま~す!」  ――ローラは瞳を閉じると呪文を唱える。  元々ルビーの様に真っ赤だったローラの髪は赤い光を帯びて輝き始めた。  ローラの手から細く輝く光が糸の様に真っ直ぐ伸びて、魔道具を包んでいき、ゆりかごと一体化される。  すると、小さかった木の形をした魔道具がニョキニョキと成長し、木の枝にぶら下がっていた手の平サイズの人形達がムクムクと大きくなり、一斉に音楽に合わせてクルクルと踊りながら回り始めたではないか。  「ふうっ! ルイス様? どうです? 成功でしょうか」  マリアンヌに抱かれていたエリーンがじっとおもちゃの人形を見つめている。  マリアンヌがそっとゆりかごにエリーンを下ろすとおもちゃの動きを目で追っているのが分かる。    「ふむ。お嬢様はおもちゃがよく見えている様ですね。成功です……」  ローラは、ぐずり泣きもせずにずっとおもちゃを目で追うエリーンを見て涙が溢れて来た。  「ローラ……?」  「ああっ……申し訳ありません……私……いつも役立たずって言われ続けて……出来損ないって言われてて……でも……私……ちゃんとお役に立てていますよね……?」  マリアンヌはローラを抱き締めた。  「何を言うのよ! ローラ、貴女はこれまでも、これからもずっと私のかけがえの無い大切な侍女だわ! 魔力があってもなくてもローラは素晴らしいのよ!」  ローラはボロボロと涙を流す。  「ふえぇぇぇ――ん! マリアンヌ様ぁ~!」  抱き合う二人を尻目にルイスはこのおもちゃは、もしかしたら赤ん坊のいる家で売れるかもしれない、と心の中で計算を始めていた。  第三皇子のテオドールは、これまで戦争や魔獣狩りなど身体を張った資金稼ぎをしてきたが、そろそろ違う面での資金調達が望ましい。  (商団を作るのも悪くありませんねぇ)  ルイスがニヤリとほくそ笑んでいると、マリアンヌの部屋の扉が勢いよく開いて、テオドールが駆けこんで来た。  「マリアンヌ! ピレーネ公国から結婚無効の承諾書を大公が署名したという知らせが侯爵家に届いたそうだ」  マリアンヌが目を丸くしている。  「テオドール様……本当ですか?」  「あぁ……間違いない。ただ……」  テオドールが言い淀む。  「テオドール様……?」  「マリアンヌの夫、アレクシスだが……承諾書を神殿に提出する代わりに……離婚式を要求してきたのだ」  マリアンヌの背中に冷たい汗が流れた。  離婚式……? アレクシス……何を企んでいるの?
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