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6 離婚前の求婚?
――帝国の第三皇子には呪いが掛けられている。
この噂を聞いたのは従妹で噂話が大好きなエミリアからだった。
エミリアは私よりも2つ年上で13歳の時にはデビュタントを済ませていた。
「第三皇子はね、自分の力では絶対に解く事が出来ない竜人の呪われた魔法の奴隷なんですって。その呪いは人を殺めれば力を失って、また時が経てば復活する恐ろしい呪いだそうよ!」
従妹のエミリアのせいで私は初めからこの方に対して恐ろしいイメージを植え付けられていた。
その皇子が……人喰いの竜人皇子がエリーンの眠る姿を見て涙を流すとは。
私達は皇子の寝室から転移魔法で執務室に移動した。
エリーンは皇子が用意して下さったベッドでスヤスヤと眠っている。
「改めまして、本日はこちらの品を買って頂きたく参りました。少々お高いですが買って頂く事は可能でしょうか」
私から紫色の魔晶石『ドラゴンの涙』を手に取ったテオドール皇子の瞳が輝く。
「これは……! 間違いない。本物の魔晶石だ!」
皇子は信じられない、といった表情をしている。
「一体これは何処で? 何故この魔晶石を……?」
矢継ぎ早の問いに私はにっこり微笑む。
回帰前、私はこの魔晶石がどれ程の価値あるものなのか知らずにアレクシスに譲り渡してしまっていた。
あの頃は本当に屈辱的な待遇に我慢が出来なかったのだ。
ミレーヌの部屋は元々私の部屋だった場所に変わり、部屋の中の調度品も奪われた。
財政難だったピレーネ公国は、私が輿入れした時の持参金も使い果たし、スタンリー侯爵からの資金援助だけが頼りとなっていた。
やがてアレクシスは私が持っている宝石類をミレーヌと参加する時の夜会に使う様になった。
ミレーヌには、自分からの贈り物の様な事を囁いて。
*
「君は産後、少し体型が崩れてしまっただろう? このドレスはもう君には似合わないからミレーヌが着る事にするよ」
「君は産後よく眠れないそうじゃないか? 夜に出歩いたら身体を壊してしまうよ? 夜会にはミレーヌと参加するからその装飾品を貸して欲しい。ミレーヌにきっと似合う筈だ」
アレクシスは私の産後は一度も寝室には姿を現さなかった。
その代わりあれこれ理由をつけては私の物を奪っていくのだ。
毎日、使用人の前で怒鳴られている私は使用人からも見下され、女主人になったかのように振舞うミレーヌに何も言う事が出来なかった。
そんなある日、転機が訪れた。
「マリアンヌ! 君の宝石の中に『ドラゴンの涙』があるよね? あの魔晶石を皇帝がお探しなんだ。譲ってくれるよね?」
『ドラゴンの涙』?
魔晶石?
当時私は父の形見の品として大切に保管していたこの石の正体が何なのか、全く理解していなかった。
お母様からは大変希少な石だから誰にも渡さない様に、とだけ念押しをされていた。
勿論初めは断った。
亡くなったお父様との絆がこれで断ち切れてしまいそうで。
ところが婚姻後初めてアレクシスがこの時私に跪いたのだ。
「マリアンヌ。私はこれまで本当に酷い夫だったと思う。これからは君だけを大切にするよ。勿論あの女……ミレーヌはこの邸宅から追い出す。魔晶石を皇帝に献上出来れば、これまでは名ばかりだったピレーネ公国は完全に独立して私のものになる!」
ピレーネ公国は元々皇帝の遠い親族だったアレクシスの祖先が当時大変珍しい魔力を持っていた為に賜った小国で、独立している様に見えて実際は皇帝の息のかかった属国に過ぎないのだ。
この魔晶石の騒動はエリーンが1歳の頃の事だった。
つまり、それまでは皇帝は魔晶石には興味を持っていなかった。
ではこの年、何があったのかというとテオドール皇子が関係している。
この年魔獣が『ロクサーナの森』に大量発生してしまい、王都を襲ったのだ。
その時に活躍したのが、呪われた皇子と噂されたテオドール皇子なのだ。
確かこの時、褒美は何が良いか問われた皇子が『ドラゴンの涙』の名を出して王宮では騒ぎになったらしい。
「あの呪われた皇子が恐れ多くも『ドラゴンの涙』を欲しいだなんて言ったせいで皇帝が困り果てたのさ。同じ物、似た物を見つける事が出来た者には皇帝から褒美が貰えるらしい」
「でも、この石が本物かどうか分からないわ」
私が戸惑っているとアレクシスは大金をはたいてこの石の鑑定をした。
その結果をアレクシスは私に教えてくれたのだけれど、それは真っ赤な嘘だったのだ。
「――残念だけど、非常に良く出来た模造品だそうだよ。でも皇帝は本物そっくりの物も欲しがっていたから大丈夫だよ」
すっかり騙された私はアレクシスのちっぽけな提案と引き換えにあの魔晶石を手放してしまった。
「魔晶石は偽物だったけど、君とエリーンは元の部屋に戻してあげるよ。ミレーヌは……実家に帰すのも可哀想だから、今まで君達が使っていた部屋に住まわせる。いいよね?」
模造品だと勘違いした私が真実を知るのは、その1年後になる。
ピレーネ公国は以前より少しは豊かになったけれど、帝国から完全に独立する事は無かったし私の大公家での立場が変わる事もなかった。
魔晶石と引き換えに手に入れたのは、少しだけ以前よりも日当たりが良く、少しだけ広くなった部屋だけ。
1年経ってもミレーヌは変わらなかった……いえ。
以前よりも苛烈で意地の悪い性格になっていたわ。
「あらぁ? 私から素敵なお部屋を取り上げた親子がいるわ? でも、マリアンヌ様ってやっぱりお馬鹿さんですわねぇ? あんな凄い価値のある魔晶石をあの部屋と交換だなんて」
ミレーヌは、私と部屋を交換した後、新しく贅沢な家具や宝石を買ったそうだ
「私が使ってた古い家具ですから、喜んでお使い下さいねぇ~?」
「――どういう事?」
私が睨みつけた事が気に入らなかったのだろう。
彼女は最後に真実を告げた。
「あの魔晶石は本物の『ドラゴンの涙』だそうよぉ? アレクシス様ったら余程私といたいみたいねぇ?」
――あの日の屈辱は忘れられないわ。
***
「では……この魔晶石はお亡くなりになったお父上の? そんな大切な物を」
テオドール皇子は、魔晶石が形見の品だと聞くと黙り込んでしまった。
「――大丈夫です。わたくし、エリーンを連れて大公家を出るつもりなのです。夫はまだこの魔晶石の価値に気付いていません。もしもこの石の価値が知れてしまえば離縁に応じて貰えない可能性があります。ですからわたくしの手元に無い方が良いのです」
「……侯爵家のご令嬢だった貴女が子供を連れて出て行くとは。宜しければ事情を聞いても?」
私はこれまでの事……アレクシスとの出会いから実家の事情、生まれた子が実子でないと疑われている事、第二夫人が大公家で権力を握っている事を話した。
あ、あら?
どうしたのかしら……部屋の温度が下がった様な?
「――そのクズ男……がピレーネ公国の大公? 首を刎ねても?」
私はギョッとして首を振った。
「だ、大丈夫です! そ、そこまでは! ただ……エリーンにあの男が父親だとは思って欲しくありません。子供は自分の事を誰よりも愛してくれる親の元で育てたいのです」
そう。
私だけが我慢すれば良い事ではない。
あの男とミレーヌはエリーンが高い異能を持つ娘なのだと分かると、徹底的に利用して虐待と実験を……。
身体に傷をつける事だけが虐待じゃない。
私のエリーンは後継者教育というもっともらしい言葉の陰で言葉による暴力、罰という名で食事を制限されたりもしていた。
高い魔力と異能を更に引き出す為に私には内緒で何度も恐ろしい実験を繰り返したと、後になって聞くこととなる。
私は……心の弱い私はあの時本当の意味で助けてあげられなかった。
いくら、2人だけになった時に慰めても、いくらあとからこっそり食事を与えてもそれは……その場しのぎのごまかしでしかなかったのに!
私はもう、同じ過ちは繰り返さないと誓った。
テオドール皇子は私とエリーンをじっと見つめた。
「では……私から一つ提案を。マリアンヌ、ピレーネ大公と離縁したら、この私と再婚して欲しい。エリーンを私と貴女の娘として迎える。貴女に契約結婚を申し込みたい」
へ?
ええええええーーーーー?
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