第4話 いざ始動

10/21
前へ
/51ページ
次へ
 急に褒められ始めた安部は、首を横に向けて耳の穴を小指で掻き始め、平に対して否定も肯定もしない。 「営業成績も二年目にして中の上ってところかしらね。書類の作成も丁寧でミスも少ない」 「だからなんッスか? もっと真面目に働けって?」 「これ、安部君がこれまでに出した年次有給休暇届。理由の欄だけどさ、病気で休んだ後に出されたものには『体調不良のため』って書いてあるのに、事前申請のやつは空白なのはどうして? 仕事の書類は完璧に書けるのに」  平は安部がどう答えるのかわかりきっていたが、敢えてその質問をした。そして、やはり平の想像通りの答えが返ってきた。 「今時理由を訊く会社の方が少ないんじゃないッスか?」 「あら、どうして?」  平の反応に、安部は嫌悪する物を嘲る様に口の端を歪ませた。 「年休を取るのに理由は必要ないんッスよ? 労働者に与えられた権利なんッスから」  予想していたとはいえ、平は悲しくなった。安部が言っていることは正しい。だが、正しいだけだ。
/51ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加