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周りが見えていないといっても、ここまでだったとは思っていなかった平は、安部の発言に驚き、息を大きく吸い込んで声を張り上げた。
「ああ! 旨いコーヒーが飲みたいなあ!」
その平の大声と、直後に聞こえてきた応接室からの声で、安部は完全に言葉を失った。
「コーヒーなら私が淹れますよ!」
九月二十六日火曜日午後四時五〇分。
宮辺物産ビル九階のエレベータホールから、社長室へと向かう廊下。近代日本画家が描いた夕陽を浴びる屈斜路湖の横に、平と安部が模造紙を掲示している。
「本当にここでいいんッスか?」
結局安部が絞り出した会社への要望はひとつだけだった。そのひとつが曽我の筆で中央に大きく書かれている。
「他にいいところある?」
「そう言われると困るッスけど」
要望が通れば剥がされる運命の模造紙は、角と辺の中央を短く切ったセロハンテープで貼り付けられた。平は模造紙から離れて見て、バランスを確かめると「よし」と頷いた。
「本当にこのひとつでいいのね?」
平が模造紙を軽く手のひらで叩いて、安部に確認した。
「はい」
安部はそう言って頷いた後、小声で続けた。
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