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第1話 身勝手社員を指導せよ
「おい安部、待て! おい待てって! おっ、くそっ!」
江戸時代からの歴史を持つ宮辺物産株式会社。時代劇でよく耳にする「ちりめん問屋」が始まりの、衣類を主に扱う卸売業者だ。自社ビルロビーには、当時の屋根看板が受付横に置かれている。その歴史ある看板ひとつで、ロビー全体が洗練された上品な空気に包まれていた。
だがそんな看板の力も、営業部がある六階フロアーまでは及んでいないようで、電話口で叫んだ後、受話器を持った左手を耳の横からだらりと力なく下に降ろした男は、「もーっ」と情けない声を上げていた。
「真鍋課長、どうされました? 何となく予想はできますけど」
その男に近づき、両手に持ったコーヒーのうちひとつを差し出しながらそう訊いてきたのは、真鍋の上司である曽我だ。
「ああ、部長。安部が今日休むって電話してきたんですけどね。あ、コーヒーすみません。いただきます」
曽我は口元に薄く笑みを浮かべると、立ったままコーヒーに口を付け、喉を湿らせてから真鍋を落胆させた原因を推量してみせた。
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