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「うー、さぶっ……」
秋の夜は冷え込みが強い。そんな中を俺は一人、薄手のパーカーを一枚羽織るだけの格好で歩いていた。
スマホも財布も、あの家に置いてきてしまった。だがあの家に帰る気など、一ミリもない。
ここまで頑なに家に帰りたくない理由。それは、両親との意見が噛み合わなかったからだ。
小さい頃、美味しいスイーツに感動し、そこからパティシエになりたいという夢を持っていた。しかし、家は代々続く老舗旅館。そのため、両親からは継いでほしいとずっと言われ続けていた。
その後も両親とは言い合いが続いた。しかし今日、我慢の限界の日が来た。
それは大学を卒業したあと、パティシエを目指すための勉強をし、秋入学ができる専門学校の入学式の日。しかし、その大学に着くと『柳木さんから入学を辞退させてほしいと連絡が来た』と学校側から言われたのだ。
そんな連絡はしていないと学校に話したのだが、一度辞退したものは取り消しができないらしく、渋々折れて帰ってきた。
どうしてそんなことになったのか。それは家に帰ってから分かった。実は、両親が勝手に学校に辞退させてほしいと連絡したのだ。パティシエの道は諦めたと勝手な理由をつけて。
『その代わり、作法を学べる専門学校がある。そこに行け。咲也が今から入学できるように根回しをしておく』
と、親はその学校の資料を見せてきた。そこで俺の怒りは頂点に達し、家を飛び出したのだ。
「……何が俺のためだ。こっちの話も聞いてくれないくせに。あんたらが勝手に継がせたいだけだろ」
ブツブツ文句を言ったあと、大きなくしゃみが出た。あまりの寒さに震えていると、頭に何かが当たる。顔を上げると雨が降ってきた。
最悪だ。フードを被って一時的に雨宿りできるところを探そうと一歩踏み出したが、アスファルトで足を滑らしてしまった。足を踏ん張ったため転ばずに済んだが、その際に小さい段差で足首を捻った。
「いってぇ……」
あまりの痛さにその場でしゃがみ込む。その間も雨は降り続く。さっきよりも雨脚が強くなってきた。
体の力も入らなくなり、地面に倒れ込んだ。少しずつ意識も薄れ始めたその時、雨が急に当たらなくなった。
「お兄さん、大丈夫?」
顔を上げると、若い女性が傘をさしてくれていた。
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