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動揺しながらも一華について歩き、すぐに駅のホームに着いた。
電車が到着して乗り込む。だが席は空いておらず、ドア付近に立つ。俺は周りに人がいないことを確認して質問をぶつけた。
「……いつから、その人に依頼してたんだ?」
「咲也が来てから二日後。私、咲也の親御さんのことはよく知ってるから。だから、息子がいなくなって黙っているわけないと予想して、私たちの周りで怪しい動きをする人を探るように先に手を打ったんだ」
向こうが動き出す前に、こちらが出来ることをしたというわけか。
「信頼できる人というのは?そんな知り合いがいたなんて初めて聞いたんだが」
「大学の時の先輩なんだけどね。彼と咲也は会ったことないだろうから、近々紹介するね」
一華は“彼”と言ったため、協力者は男性のようだ。
「分かった。……色々動いてくれていたんだな。ありがとう」
お礼を言うと、一華は俺から目を逸らして窓の外を見た。さっきまでいたビルが遠ざかっていく。
「私が親御さんに電話するって言ったとき、咲也は本当に怯えてたし、電話しないでほしいって必死だったから。早めに動いてよかった」
電車は俺たちが降りる駅名を告げた。二人揃って降り、夕日が差し込む住宅街を歩いていく。すると一華は、俺と目を合わすことなく呟いた。
「でも、咲也が連れ戻されるかもってことに怯えているのは、私の方かもしれない」
「一華……」
俯いた一華に、俺は掛ける言葉が見つからなかった。
何か言わないとと焦っていると、一華は急に顔を上げて笑顔を見せた。
「それに、まだまだ咲也の手料理を食べたいし、家政夫として、それ相応の働きをしてもらわないとね!」
俺は一華の優しさに甘え、明るい声で言い返した。
「ああ、任せろ。寒くなってきたから、今日の夕飯は鍋にするぞ。楽しみにしてろよ!」
両手に持っていた紙袋を、全部左手に持つ。そして空いた右手で、一華の頭をワシャワシャと撫でた。
「ちょっ、私のこと犬だと思ってる!?よし、咲也のこともワシャワシャしてあげる!」
一華は両手を上げて迫ってくる。それを見て、ワシャワシャではなく、髪の毛をむしり取りそうな勢いだったため、俺は走って逃げる。
このときだけは暗い出来事を頭から消し、学生時代の頃みたいに笑い合った。
2、好きを挟んだサンドイッチ 完
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