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 円寿町「えんじゅまち」。通称、天使の住まう町と呼ばれた小さな町で二十年二か月ぶりに殺人事件が起きた。  この町は二十年と二か月という長いスパン、殺人はおろか、詐欺や強盗なども起きなかった。つまり、犯罪とは無縁の平和な町だった。  だから、この町の噂を聞きつけて、テレビの取材や、移住者などが殺到したりもした。だが、その平和な時間も殺人という、物騒な出来事により、一気に瓦解してしまった。  人が住まう限り、軋轢が生じるのは、必至だと思われる。今の今まで犯罪件数がゼロというのが奇跡だ。  ちなみに円寿町は呼び名を文字ってエンジェルとなることから、天使町とも呼ばれた。  事件は九月二十二日に起きた。  高岡ウメという79歳の老婆が首を絞められ、黄金川という川に流され、川下で遺体で発見されたのだ。  発見したのは、川に釣りに来た近所の老人だった。こんな平和な町に死体なんて出るわけはないという先入観から、彼は老婆を人形だと思い込んで、通報が遅れたらしい。  高岡ウメは独身の息子と二人暮らしだった。息子は役場の会計課に勤めていた。  警察はいっしょに住んでいた息子の高岡憲弘に事情を聴くことになった。ところがである。良心の呵責に耐えかねたのか、高岡憲弘は自分がやりましたと自供したのだ。  あっさりと事件は解決したように思われたが、検死の結果、どうも供述と食い違う点が見られたのだ。  憲弘の供述ではウメの首を両手で絞め、窒息死させたというものだった。だが、扼殺の場合、気道を圧迫するため、潰れているケースがある。だが、ウメは気道が塞がれてはおらず、川で水を大量に飲んだことによる窒息と考えられた。つまり、生きた状態で川に身を投げたことになる。
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