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禿げ岩砦の魔女
城塞の中は、壁も床も天井も赤茶色の硬い岩で出来ていた。資材を運んで築き上げたというよりは、岩山をくりぬいて削り出したらしい。嵌め込み式の窓から蒼白い月明かりが差し込んでいるものの、どの通路も満遍なく明るいのは、数mごとに壁にぶら下がるランプのお陰だ。ランプの炎は淡い緑色、魔力で点されている。肌に触れる空気も、北の地だというのに少しも寒さを感じない。この城塞全体が“禿げ岩砦の魔女”の魔力下で快適な環境にあるのだろう。
キョロキョロと視線を巡らせていた少女は、数歩先を行く青年がいつの間にか足を止め、扉をノックしたことに気づき、慌てて立ち止まる。
「カルドー様。お連れしました」
「お入り」
これまで通り過ぎた扉とまるで同じ――特別豪華な作りでもない。けれども、滑らかに押し開いた扉の向こうには、王宮の一室かと見まごうような煌びやかな空間が広がっていた。
床は毛足の長い真紅の絨毯が敷かれ、天井の中央には金細工の大きなシャンデリアが真昼のごとき輝きを降り注いでいる。乳白色の大理石が四方を囲み、右側の壁には煉瓦造りの暖炉がある。部屋の正面奥には、金糸で紋様が織り込まれた瑠璃色のカーテンが天井から床まで垂れ下がっている。
「は、初めまして、“禿げ岩砦の魔女”様。あたしは、トレボル村から来たミステル・ヴィスキオと申します!」
「楽にするといいさ」
部屋の主、赤紫色の短髪の魔女は、肘当ての付いた猫脚のソファに身を沈めており、彼女の前にある2人掛けの革張りのソファを来訪者に示した。
「……いいえ、結構です。あたしは、このままで」
ミステルは傍らの杖に縋りながらも、真っ直ぐに魔女を見据え、立って対峙する意思を伝えた。
「ふ、ふははっ! いいだろう、合格だ!」
魔女は豪快に嗤うと、左手を上げて指をパチンと鳴らす。すると、絵の具が溶けるように周囲の景色が流れ落ち、豪奢な室内は一瞬で質素な佇まいに変わった。床も天井も岩肌が剥き出しになり、壁にはくすんだ象牙色の壁紙が貼られている。暖炉のあった一面は岩を削って作られた書棚が天井までそびえ、カーテンの消えた正面奥にはごく普通の張り出し窓が現れた。
「お掛け。それは、まやかしではないよ」
革張りのソファがあった場所には、なんの装飾もない木製の椅子がある。見ると、魔女が座る椅子も同じものだ。ミステルは頷いて、素直に従った。
「フルフル、お茶を」
「かしこまりました」
「あの、お構いなく」
「ふん、構うもんかね。私が飲みたいのさ」
魔女は紫黒色のドレスの裾をバサリと蹴り上げるようにして、足を組む。
「それで? 私になんの用だね?」
ミステルは抱えていた革袋と杖を床に置き、背筋を伸ばして座り直した。
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