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ミステルの目的
「“清血の雫花”の種を分けていただけませんか。湖畔の魔女が、貴女なら所持していると教えてくれたのです」
聞けば、彼女の母が不治の病に倒れ、その治療薬を作るための材料を集めているのだという。
「“湖畔の魔女”が、ここに来るように言ったのかい?」
黒衣の青年が差し出した銀のトレーからティーカップを手に取ると、夕焼け色の液体に口を付ける。
「はい! 世界中を駆け回り、必要な素材を集めてきました。あとは、リリサングレさえ揃えば……」
「お黙り」
ミステルの嘆願をピシャリと遮り、魔女は燃えるような紅い瞳を彼女に向けた。
「余計なお喋りは嫌いだよ。お前、あの花がどういうものか知っているのかい?」
椅子の上で身を縮めた少女は、震える喉をコクリと鳴らすと、大きく頷いた。
「罪なき咎人の清らかな血から生まれると聞いております。形状は、真紅のラッパ状の六花弁だと……」
「そうだ。だから、この地はリリサングレの群生地だった」
魔女はゆっくりとティーカップの中の液体を啜る。
狂獅子王の時代、崖の上から数多の咎人が落とされた。その中には、本当に罪を犯した者だけでなく、無実の罪で処刑された者が少なからずいたという。崖下には無数の亡骸が積み重なったが、捨て置かれるがまま風雨に晒されていた。
あるとき、恋人を無実の罪で処刑された若者が、弔いのために崖下に降りた。すると、朽ちかけた恋人の亡骸の上に、血のように真っ赤な花がびっしりと咲いていた。彼は花を持ち帰り、村の魔術師に調べてもらった。その結果、花そのものに薬効はないが、1つだけ実る大きな種には魔物を浄化する成分がたっぷりと含まれていることが判明した。
その後、この花は無実の咎人の骸のみを苗床とすることが分かった。まるで彼らの嘆きや悲しみを体現したかのように、花弁が俯いたまま開くことから、“清血の雫花”と名付けられた。そして、その種は浄化や治癒の秘薬精製のレア素材として使われるようになったのだ。
「そうさねぇ……1週間の内に、この家の中から探し出してごらん。見つけたら、お前に譲ってやってもいいよ」
この広い城塞の中に、果たしてどれだけの部屋があるのだろう。魔女の住まいだ。隠し部屋だってあるに違いない。それでもミステルの灰色の瞳は輝きを取り戻した。
「“禿げ岩砦の魔女”様」
「まどろっこしいね。カルドーとお呼び」
「はい、カルドー様。チャンスをありがとうございます!」
椅子から立ち上がって深々と頭を垂れる。魔女は中身を飲み干すと、青年の持つトレーにカップを置いた。
「フルフル」
「はい」
「この子に部屋を案内しておやり」
「かしこまりました」
「それから……お前」
「ミステルです」
「ふん。お前は私が招いた客人じゃない。食事くらいは出してやるがね、身の回りのことは自分でするんだ。いいね?」
「はいっ!」
再度一礼して、青年と部屋を出た少女の背中を見送って、カルドーはニタリと口の端を持ち上げた。
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