種の在処

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種の在処

「流石に苦戦しているようだねぇ」  煙水晶玉の中を覗き込み、カルドーはほくそ笑む。  約束の1週間を明日に控え、ミステルはカルドーのプライベートテリトリーである最上階以外の探索を終えた。水晶の中に映る彼女は、この部屋の真裏――円形の通路の真逆に位置する扉の前で立ち尽くしている。連日の探索で、彼女の顔には憔悴の色が濃い。今朝、食堂で会ったときも目の下にくっきりクマを作っていた。残り時間の少なさに焦り、睡眠時間を削って夜中まで費やしているからだ。  ――ギャ、ギャア  窓際の止まり木で羽繕いをしていたカラスが答える。 「なんだい、フルフル。情が沸いたのかい?」  ――ギ、ガアァッ 「くくっ。お前は優しいねぇ」  抗議するかのように羽を広げたカラスに視線を投げると、魔女はくっくっと喉を鳴らす。 「エキドナが、を寄越すと思うのかい? まぁ、お手並み拝見といこうじゃないか」  パチンと指を鳴らせば、ふかふかのソファが現れる。カルドーは深く身を沈めて、テーブルの上の水晶を眺める。その中のミステルは、上着の内側から取り出した杖を構えて、呪文を唱えていた。  カルドーが大切なものを隠すなら、地下か最上階のどちらかだろうと予想していた。地下は食糧庫だったから、正解は最上階のようだ。  目の前の扉は、押しても引いてもびくともしない。こうなったら、実力行使だ。  覚悟を決めたミステルは、杖を握ると“解錠”の呪文を唱える。出来ることなら、魔術は使いたくなかった。正体を見せずに種を手に入れられるなんて――そんなに甘くないと分かっていたけれど。  杖から青白い光が放たれ、大きな音と共に扉が内側に開く。 「やっと見つけた」  床に置いていたランプを拾い、一歩踏み出したミステルは思わず呟いた。目の前には長く伸びた通路があり、その両脇に天井までびっしり本で埋まった書棚が連なっている。これまで探索した階には、魔女の住処なら必ずあるはずの書庫がなかった。カルドーほどの大魔法使いなら、世界中から集めた膨大な魔導書があって然るべきなのに。  ミステルは左右に視線を向けながら、通路を進む。魔力を帯びた本で膨れた書棚の狭間は、威圧感で息が詰まりそうだ。  もうひとつ気がかりなのは、魔道具や魔素を含む素材を収めた部屋も見つかっていないことだ。それもきっと、この階のどこかにあるに違いないのだけれど。 「えっ……嘘でしょ……!」  通路の突き当たりまで来たミステルは、足元に螺旋階段が口を開けていることに気がついてランプを掲げ――絶望的な呟きを漏らした。  螺旋階段は、遥か下――恐らくこの城塞の底まで伸びているらしい。 「そういうことか……!」  この6日間、探索していて、そこはかとなく違和感を覚えていた。通路の内側に配置された各部屋の奥行きが短すぎる。つまり、城塞全体を巨大な“バームクーヘン”とすると、ミステルが探索した部屋がある部分は“焼き菓子”の部分。中央の“穴”に当たる部分に行き着いていなかった。中央が単なる柱で、そこになにもないのなら問題ないが、バームクーヘンのようにまさしく空洞なら、必ず重要なものが収められているはずだ。 「こんなの……間に合わないわよっ!」  どっと力が抜けて、その場にへたり込む。約束の期限は明日まで。なのに、この巨大な書庫を隅々まで探すなんて、考えただけで気が遠くなる。だけど――。 「やるしかない、か」  パン、と両頬を叩いて、ミステルは折れかけた心を奮い立たせる。期限は明日、残された時間がある限り、最後まで諦めるもんか。ランプを手に立ち上がり、一歩一歩階段を下りていく。とりあえず底まで行って、それから作戦を立てよう。
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