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彼の後ろを歩き、店員さんに誘導されるまま、お店の中を進む。
会員制かもしれない。
お店のシステムがわからないが、芸能人とかがよく使っていそうな感じの雰囲気だ。
個室に入り、メニュー表を渡された。
えええええっ。こんなにするの?
目が点になる。
ドリンク一杯でも、時給くらいする。
「雨宮さんはお酒は飲めますか?」
「えっ、ああ。はい」
「ビールでいいですか?」
「はい」
今日はお酒なんて飲むつもりじゃなかったのに。いや、こういう時こそお酒の力をかりた方がいいのかな。
「何か食べたいものがあったら、遠慮なく頼んでください。とりあえず、僕のオススメでいいですか?」
こんな高いもの、頼めないよ。
「はい」
さっきから私は<はい>しかまともな返事をしていない。
緊張している中、部長が何品か注文をしてくれ、先に飲み物が運ばれる。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
グラスとグラスがぶつかり、カチンと音がする。
一口飲むが、こんな雰囲気のためか美味しいとか感じられなかった。
せっかく時間を作ってくれたんだ、私から切り出さなきゃ。
「あの、部長!」
「はい」
彼の顔を真っすぐ見ることができなくて、机に向かって話しかけていた。
いや、こんなのダメだ。
「私、高校時代に部長と仲良くさせてもらっていた雨宮くるみです。覚えていますか?」
きちんと目を合わせたつもりだったが、言葉が続いていくうちにどんどん下を向いてしまった。
部長の返事がない。
私のことなんて覚えていないよね。
約十年くらい前のことだ。でも――。
「私、十年前に龍ヶ崎部長に失礼なことを言ってしまって。ずっと謝りたかったんです。本当にごめんなさい」
なんのことを言っているのか、彼はわからないかもしれない。
けれど、心の奥底で引っかかっていた。
あの時、私があんなことを言わなければ、二人の関係はもっと良いものになっていたのかもしれない。
部長の表情はあまり変らなかった。
彼の考えていることが読めない。
「ごめんなさい」
私は謝ることしかできなかった。
「俺もずっとくるみに謝りたかった。ごめん」
えっ。俺って、くるみって言った?
覚えてくれていたの?
「またこうやって会えて良かった。実は部長になる前から、くるみが今の部署にいることは知っていたんだ。だけど、昔みたいに普通に話す勇気がなかった。くるみから話があるって言ってくれて、俺のこと覚えていてくれて嬉しいよ。ありがとう」
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