不思議な想い出は石とともに

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「よいしょ。よいしょ」 ドサッ 「ふー。あともう少し」  朝からずっと運んでいたからか、額の汗が前髪を濡らし両頬や眼にも伝ってくる。それをため息一つ吐きつつ、右腕の長袖で拭う。本来はハンカチやフェイスタオルで同じく汗が流れる首筋と共に拭うのがいいとわかっていてもあいにく持ち合わせていない。  そもそも、今行なっている作業も数日前から急に行なわなくてはならない日課になってしまったのだから、と自分の心のうちで言い訳をする。 (まあ、本当に洗濯物とかする余裕も今は無いんだよね)  この作業が終わった後の様子を想像すると、先程の作業による汗とは種類の異なる汗が背筋を伝う気がしてきた。 「と、とりあえず!あとは何個かなぁァ?」  緊張している訳でもないのに、情けないほど語尾が裏返り、余計に暗い気持ちが脳内を占めつつあった。  幸いなことに、数を数えると残りあと一往復ほどすれば完了しそうだとわかったことで、現金にも元気を取り戻した。 「さて、頑張りますか」  目的地に到着して、早速腕まくりをしつつ目的のものを探す。  早く見つけないとあたしは自由の身にならない。  元々は普通に平凡な、という形容詞が似合う大学生だった。それがどういう訳か、目が覚めると身体が縮んでいた。  縮んでいたと言うと、幼児化なんかをイメージするだろうが、あたしの場合、文字通り縮んでいた。  身長は160くらいあったはずなのに、今現在は10センチあればいい方か?  その上、見知らぬ原っぱにちょこんと立っていた。未だにここが異世界なのか、国外に何かの拍子で飛んだのかわからない。  とにかく、最初は明日の食べ物と飲み物。雨露を凌げる場所の確保が必要不可欠なのだから、慌てて小さいサイズの人でも住めそうな場所を探した。  幸運だったのは、原っぱの近くに穴の空いた木が生えていて、近くを飛ぶ鳥や虫たちと言葉を交わせる上、相手の欲しい物を提供出来たことだった。  そうでなければ今頃、食べられてお終いか、雨に溺れてお終いだったかもしれない。  無事に衣食住を確保したあたしは、次に元のサイズに戻るために何をするべきか考えていた。  するとまるで行動を監視していたかのように、空から紙が降ってきた。間違っても身体を傷つけないように地面まで落ちてくるのを木の寝床からジッと待って、下に降りた。  紙には『虹色の鉱石を虹の色の数だけ集めれば汝の願いは叶うだろう』などと、書かれていた。  不思議なことに日本語で書かれていたから、増々ここがどこなのかわからなくなった。  しかし、いつまでも小さい姿で過ごしていても、大学卒業ができないし家族にも失踪したと勘違いされる。  こうしてあたしは、腹を括って虹色の鉱石を集めることに決めた。  虹色の鉱石は、日本であれば七色くらい集めるだけでしょ?楽勝!と能天気に考えていたが、仲良くなったツバメの親子曰く虹は三十色くらいあり虹色の鉱石は、色の出方がランダムらしい。  つまり、隣にある石たちでも右は赤で左は緑が出てくるなんて可能性があるらしい。  虹色の鉱石の出る場所は住んでる木からあたしの足で往復三時間くらいはかかる場所だったのでまだマシかもしれない。  そこから数日来る日も来る日も、虹色の鉱石を集めては持って帰ってきた。  先程数えたところ、二十七個くらいだろうか。ランダムな出方とは言え、探す場所で三個見つけてこちらに運んでくるだけならあと一往復なのだ。  小さいあたしには住んでいる木の葉と蜘蛛の糸で縫い付けた袋に鉱石を三つ入れて運ぶので精一杯だから、多分この計算で正解なはず。 「結局、なんであたしこんなに小さくなったのか原因不明だし、ここどこか不明なままなんだけどね」  それでも元の場所に帰れたらそれでいい。なぜ、虹色の鉱石を集めないといけないのか。  最後に、誰があたしを連れてきたのか。これらのことを本音を言えば知りたいけれど、知ることで起こる弊害が怖くて疑問に蓋をするように、あとは黙々と目的地まで歩くことにした。 「よし、もうこの辺りは掘ったから次はあの洞窟の中かな」  洞窟と言ってもおそらく元のサイズのあたしならただ単に盛り上がっている地面。もしくは石の塊と思ったかもしれない。  だから大したことない。自分の心に言い聞かせつつ、中に入り意外と柔らかい鉱石を掘り出した。  ツルハシなんて上等なものは作れないから石を錬磨して作った簡易なナイフのようなものを何個か用意して打ちつける。  集める鉱石のサイズは特に決まっていないらしいから、とにかく残りの色が見つかればそれでいい。  鉱石と石同士をぶつけると欠けるので、それで時間がやたらかかる。この身体で鉄を製鉄してツルハシ、作れる技術があれば良かったのに。 「ま、しがない文系大学生には難しいことだよね」  それとも元に戻れたら技術系学部に転部しようか。いや、いっそ研究職の学部がある大学に編入の方が現実的かな。  虹色の鉱石を探しながら心は既に元の生活へと戻った自分の未来について夢想していた。  しかし、悲しかな。残りあと少し集めるだけなのに、全く探している色の鉱石が見つからないのだ。 「なんで?昨日までちゃんと一個は見たことない色の鉱石出てきてたのに」  何が原因だろう。昨日までは、外の石を削って見つけていた。今日は洞窟の中を掘っている。  この両者の違い·····。 「あ!太陽!太陽に当てて見てみたらここで見てるのと違うかも!」  よくよく考えたら虹色の鉱石なんだから太陽が鉱石に何か作用している可能性へと思い至ったので、早速先程まで掘っていた石たちを袋に入れて外へと向かう。  少し日は低くなっていたけれど、まだ鉱石の色を見分けるには良い時間だ。  そうして、一つずつ鉱石の色を確かめると思った通り石が太陽の光に反応して欠けていた三色へと変化した。 「やった!これでやっと願いが叶う」  これならあと約一時間半かけて木の家まで帰れば、何とか今日中にあの紙に書かれたことを達成できるはず。  小さいサイズになって二倍も三倍も頑張らないと何も出来ない身体は疲労を訴えていたが、最後のひと踏ん張りだと鼓舞し、帰り道を歩いた。 「·····よし、いやぁ。三十色集まると壮観だなぁ」  ツバメの親子に聞いた時は、虹の色が本当に三十色もあるのか、と疑っていたが目の前にある鉱石の色がよくよく見ると本当に三十色ある。ひょっとするとここは異世界なのだろうか。と疑惑が強くなっていくがあたしには関係ない。  この後どうすればいいのかさっぱりわからないけれど。しかし、なるようになるしかない。 「集めたけど、この後どうなるの?」  軽い気持ちで紙がまた空から降ってこないかな?と思うと同時に、願うだけで叶うなら早く元の生活へ戻りたい。  どちらの気持ちに反応したのか虹色の鉱石が、合唱するように呼応し、石自体がそれぞれの色の光を放ち始め、光が波のように揺らめく。  眩しくて思わず目を閉じてしまった。  それからいくらもしないうちに光は収まり、ゆっくりと反射的に閉じていた両の眼を開く。すると目の前には懐かしい光景が広がっていた。  ああ、あたしは元のサイズに、元の生活に戻れたのか。大学は単位大丈夫だろうか。家族は失踪届なんて出していないだろうか。  一抹の不安に駆られていると、いつも愛用していたカバンの中が震える。恐る恐る中を確認するとスマホが着信を知らせていた。  どうやらあたしはあの不思議な体験を約1時間の間体験していたらしい。  夢だったのかな?と思いながら着信相手に折り返し連絡をする。  ひとまず家に帰ろうとスマホ片手に話をしながら歩き出したところ、何かを踏んでしまった。慌てて足元を見るとそこには、あたしが必死で集めていた虹色の鉱石に似た一つの石があった。  以来、あたしの部屋にはこの鉱石が飾られることとなる。不思議な体験の謎と共に、だ。
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