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婆ちゃんなら、心配いらん。
そう言いながら、ヘルメットを被せた。
「さあ、もう行くで」
そう言って、ノズルの蓋を締める。
バイクのコールが鳴っている。
あの夜も、そうだった。
「お前に見せたいもんがある」
見せたい、…もの?
なにも言わない亮平。
高速道路を降りて到着した場所は、早島インター。
倉敷の街並みが広がる。
夜が更けて、辺りはもの寂しいほど静まり返ってる。
こんな場所に、一体何の用事があってきたんだろう。
そう考えている傍らで、不意に聞こえてきた言葉。
「もう少ししたら、俺たちが出会った場所に着く」
私たちが出会った場所。
それっていつだったっけ?
確か、小学生の頃だったっけ?
学校の帰り道、ほっぺに絆創膏を貼ってる男の子がいた。
どこかやさぐれてて、生意気で、そのくせ、泥だらけで。
もうずっと昔のことだから、はっきりとは覚えてなかった。
だけど、こんなところじゃないことは確かだった。
こんな、辺鄙なところじゃ。
こんなところじゃなかったよね?と聞くと、亮平もそうやな、と笑っていた。
そうと知りながら、私たちが出会ったところに行くと言う。
なんの疑いもなしに。
まっすぐ、前を向いて。
ねえ、私はあんたの子供の頃を知ってる。
生まれ育った場所を知ってる。
自分の記憶が、それを確かなものにできるほど正確に遡れるわけではないけれど、遠い昔の記憶が、ここではないことを教えてくれる。
それにも関わらず亮平は、山道を超えて道路を渡った。
見えたのは港町だった。
はじめて見る場所が、そこにはあった。
夜空の星がよく見える。
海風が雲を運び、海の水面を動かしている。
明かりのついていない家。
眠っている街。
いやそれは「街」なんだろうか?
山道から見えたその景色はどこかもの寂しく、どこか、こじんまりしている。
ここがどこかはわからない。
初めて見る景色に違いはない。
北か、南か、世界のどの方角に、この場所が位置しているのかはどうでもいい。
亮平は、ここが私たちが出会った場所だと言った。
もしそれが本当なら、連れていってよ。
その場所に。
その一番近いところに。
バイクは一本の坂道を下って、街の一番低いところに下降していった。
波の音が聞こえる防波堤の一番手前、その位置でヘルメットを脱いで、ヘッドライトを消した。
「俺たちはこの海で出会った。もうずいぶん昔のことやけど…」
まさか、海の中で出会った訳じゃないよね?
冗談混じりに談笑しながら、ジャンバーのチャックを下ろす。
少し暑い。
「お前に話したことなかったよな?俺が学校に行かんかった理由」
学校に…?
今さらなにを言ってるんだろう。
そんなの昔から知ってるよ。
あんたがバカだからでしょ?
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