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ハハッ
彼はそう笑いながら、急に真面目な顔になった。
「真面目な話なんやけどさ」
「うん」
「俺はお前と出会う前、…なんて言ったらええんやろな。その…、この世界とは別の場所におったんや」
不意に出てきた言葉に、私は固まる。
もう一度聞き直そうかと思った。
でも、言葉はうまく出てこなかった。
「びっくりしたよな?…すまん。でも、いつか話さなきゃいけないと思ってた。いつか、お前に伝えなきゃいけないと思ってた」
防波堤のすぐ下で、波が高くなったり、低くなったり。
私はその音を聞いてた。
水が岩にぶつかりながら、水しぶきのかすかなざわめきが、鼓膜の内側をくすぐる。
静かな夜が、海の上に揺れている。
亮平の言葉は、いつもよりもほんの少し、小さく響いてた。
「アホみたいな話やろ?嘘やと思っていいから、とにかく聞いてほしいんや」
「…嘘、って?」
「俺がいた世界のこと。お前と俺が、初めて出会った場所」
ここじゃない世界から来た、と、亮平は言った。
その表情は、真剣だった。
「どう思う?」
「…どう思うって」
「信じられんか?」
「信じられるわけないやろ」
「ハハッ。まあ、そうか」
「ふざけとる?」
「大真面目や」
真面目な話には思えなかった。
ここじゃない世界から来た。
そんな突拍子もない言葉が、現実には思えなかった。
「隠すつもりはなかったんや。せやけど、どうしても、この世界が心地良くてな」
バイクにもたれた私たち。
ハンドルにかけたジャンバーが風に揺れる。
亮平は胸ポケットからタバコを取り出して、ライターの火をつけた。
何も言えない私の口から漏れた白い吐息。
かすかな鼓動。
「どうしたって説明できんけど、俺たちは確かに、ここで出会ったんや。少なくとも、俺がいた世界では」
「ねえ、私って、そこまで馬鹿に見える?」
「どういうことや?」
「どういうつもりか知らんけど、こんなところまで来て冗談なんて笑えんで?」
「…はぁ」
「本当のことは?」
「本当って、何がや」
「なんでここに来たんかや。ただの気まぐれ?」
「阪神淡路大震災があったやろ?」
「…え、ああ、うん」
「あの地震で、俺は岡山に引っ越したんや。ま、引っ越したって言うても、俺が生まれる前の話やけど」
「神戸に住んどるやん」
「こっちの世界ではな?俺がおった世界では、そういうわけにはいかんかった」
「ふーん」
「んで、お前は旅行かなんかでこっちに来たんや。この港で、初めて、お前とすれ違った」
彼の話が、予想の斜め上を進んでいった。
冗談にしてはやけに凝ってた。
どこまで付き合えばいいんだろう。
そう思いながら、耳を傾けてた。
この際、最後まで付き合ってあげてもいいかなって思いつつ。
「俺が学校に行かんのは、行ってもしょうがないからや」
「バカやからやろ?」
「そういうわけやなくて(笑)」
「じゃ、なんで?」
「こう見えても、俺はもうだいぶ歳を取ってる」
「はぁ??」
「色々と複雑なんや。こっちの世界に来たんも、お前に会うためやし」
「…私に、会うため?」
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