ここじゃないどこかへ

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 もし、世界でもう一度お前と会えるチャンスがあるなら。  タバコの煙が白く膨らんで、涼しい風が、サッとどこかからやって来る。    彼は遠い視線のまま、静かに海の向こうを見てた。  いつもの彼らしくなかった。  冗談しか言わない彼が、嘘みたいに真剣な表情を浮かべていた。  私と、もう一度。  そう強く噛み締めた言葉の先で、こっちを見る。  まるで別人みたいだった。  真剣なその眼差しも、言葉の端々に揺蕩う、らしくない声色も。  「俺はお前に近づけとるかな?こうして隣に立ってる時しか、お前を近くに感じられない」  …近くに?  彼が何を言おうとしているのか、わからなかった。  黙って聞いていることしかできなかった。  言葉の意味も、中身も、——その全部が、まるで違う世界から来たみたいだった。  「どこに行っても、どれだけのスピードで走っても、俺は“あの日”の自分を追い越せない。やり直したいって、思ったんや。ずっと前にな?せやけど…」  「…けど?」  「どう頑張っても無理やった。もう、一生たどり着けんってわかった。例え走り続けとったとしても」  こんなになにかに怯えている彼は初めてだった。  いつも勝ち気な笑顔で、はっきり物を言う。  誰にでも優しく、どんな時も前向きで、明るく振る舞っている。  そんな陽気な様子を絵に書いたような人が、嘘みたいに弱々しく見えて、嘘みたいに声に力がなくて…  「諦めたくはないんや」  「諦めるって、…何を?」  「お前に、もう一度会えるって」  「何言うとん…?こうして目の前におるやん」  「まあな」  「気でも狂った?…まさか、お酒でも飲んだ?」  「おいおい、勘弁してくれ。酒飲んでお前を乗せるわけないやろ」  「でも、なんかおかしいで?」  「どっから言えばええんやろな?」  困ってるのはこっちだった。  何を言いたいのか知らないけど、そんな困ったような顔をされても困る。  そう言うと、そっと手を差し伸べてきた。  ちょっとだけでいいから、握っててくれないか?って。  差し伸べられた左手に、私の指が触れる。  近くに感じる。  私は、あんたの近くにいるよ?  それを伝えたくても、言葉はうまく出てこなかった。  静かな水の音と、静かな海の色と。  月が白い雲に隠れている。  空のいちばん向こうに、鮮やかな星空が広がっている。  なにもかもが静寂の淵に沈みながら、その向こうで、ゆっくりと、雲が流れて——  「あの日俺は誓ったんや。無理だってわかっとっても、走ろうって」  この日、一番静かな海。  その横で、亮平は言った。  「これから先、どんなことがあっても、必ずお前を探し出す。約束する」  あの日見た夜の景色を、私は鮮明に覚えてる。  夏の終わりの夜にしては少しだけ蒸し暑く、きれいな夜空が世界の真ん中に寄り添っていて。  初めて来た小さな街の、小さな防波堤の一番下では、海が小さく揺れていた。  まるでいつまでも平和なひとときが、続いていくかのように。
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