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私たちはバスを降りて、ベンチに座ってた。
目が、少しだけショボショボした。
「私はいつの間にか、病院に行かなくなったんや」
キーちゃんは手に取った石を手に持ちながら、それを砂浜に向かって投げた。
「そうなん」
「うん。心のどこかでわかっとった。亮平が目を覚まさないってこと。でも、それがわかっとるからって、彼に会いに行かない理由にはならない。朝起きて、靴を履いて、どこに行こうかって、そんなの、打算的に考えたってしょうがないやん?」
「あんたはいつも行き当たりばったりやけどな」
「うるさいな」
「ごめんごめん」
ベンチから立ち上がったキーちゃんは、海に向かって歩き始めた。
「信じたい、って思いがあった」
「なにを?」
「彼が、まだ傍にいるってこと」
私も立ち上がって、キーちゃんを追いかけるように歩く。
砂浜に海風。
キーちゃんの短い髪が、日差しに当たってキラキラと美しい。
コンクリートの地面が砂浜に変わったとき、靴を脱いで裸足になった。
「ある朝、目が覚めたら、少しだけ遠くに感じた」
キーちゃんはなにも言わない。
「病院にいる彼が、次第に遠くに見えてな…」
それがどういう意味を持っているのか、いまだに整理がついていない。
けれど、確かに心の中で願っていたことが、時間を追う毎に背筋を曲げて、弱々しくなっていき、靴紐をまともに結ぶことさえできなくなった。
私はまだ、彼にさよならを言う準備ができてなかった。
だけど、一体どんな顔をして彼に会えばいいのかも、もうわからなかった。
曇り空が広がる。
上を見上げれば、カンカン照りの太陽。
それにもかかわらず雨の匂いがする。
梅雨はもう明けてしまったというのに。
「彼に会える日が、明日になったら来るかな?」
キーちゃんは間髪いれずに答えた。
「明日になったら、もう顔も見れんかもしれんのやで?」
そんなことはわかってる。
少しの間沈黙が入って、私は私の心が言えるだけの力を持って、答えた。
「私はただ、せめて私の心の中だけでは、彼を生かしておきたい。なにもかも失って、全部失くなっちゃうくらいなら、昨日の私が、昨日の彼に追い付けばいい!」
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