陽だまりの午後

4/9
前へ
/33ページ
次へ
 私たちはバスを降りて、ベンチに座ってた。  目が、少しだけショボショボした。  「私はいつの間にか、病院に行かなくなったんや」  キーちゃんは手に取った石を手に持ちながら、それを砂浜に向かって投げた。  「そうなん」  「うん。心のどこかでわかっとった。亮平が目を覚まさないってこと。でも、それがわかっとるからって、彼に会いに行かない理由にはならない。朝起きて、靴を履いて、どこに行こうかって、そんなの、打算的に考えたってしょうがないやん?」  「あんたはいつも行き当たりばったりやけどな」  「うるさいな」  「ごめんごめん」  ベンチから立ち上がったキーちゃんは、海に向かって歩き始めた。  「信じたい、って思いがあった」  「なにを?」  「彼が、まだ傍にいるってこと」  私も立ち上がって、キーちゃんを追いかけるように歩く。  砂浜に海風。  キーちゃんの短い髪が、日差しに当たってキラキラと美しい。  コンクリートの地面が砂浜に変わったとき、靴を脱いで裸足になった。  「ある朝、目が覚めたら、少しだけ遠くに感じた」  キーちゃんはなにも言わない。  「病院にいる彼が、次第に遠くに見えてな…」  それがどういう意味を持っているのか、いまだに整理がついていない。  けれど、確かに心の中で願っていたことが、時間を追う毎に背筋を曲げて、弱々しくなっていき、靴紐をまともに結ぶことさえできなくなった。  私はまだ、彼にさよならを言う準備ができてなかった。  だけど、一体どんな顔をして彼に会えばいいのかも、もうわからなかった。  曇り空が広がる。  上を見上げれば、カンカン照りの太陽。  それにもかかわらず雨の匂いがする。  梅雨はもう明けてしまったというのに。  「彼に会える日が、明日になったら来るかな?」  キーちゃんは間髪いれずに答えた。  「明日になったら、もう顔も見れんかもしれんのやで?」  そんなことはわかってる。  少しの間沈黙が入って、私は私の心が言えるだけの力を持って、答えた。  「私はただ、せめて私の心の中だけでは、彼を生かしておきたい。なにもかも失って、全部失くなっちゃうくらいなら、昨日の私が、昨日の彼に追い付けばいい!」
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加