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その重いカバーをはぐるとバイクが見えた。
亮平が乗り回していた愛車。
あの事故以来、壊れてしまった機体。
本当は、亮平が退院後に直す予定だったんだよね。
だからバイトを始めて、修理費用を稼いでた。
おばあちゃんには無理言って、バイクを貸してくれないかってお願いした。
絶対元通りに直してみせるからって、頼み込んで。
カバーを全部はぐって、壊れたバイクを見てた。
激しい擦り傷のあと。
ハンドルから下は所々凹んでいて、ボディラインは中心線から逸れて曲がっている。
ホイールはひしゃげて、艶のあった光沢は倉庫の中の暗さも相まって、少し色のトーンを落としている。
マフラーは折れ曲がってぎこちなく機体に巻き付いてる。
もう、このバイクは走れないだろう。
色んな部品を接げ変えれば、もしかしたら、また、走り出せるかもしれない。
けれど一度壊れてしまったものが、もう2度と元に戻ることはない。
どんなに新品な部品を取り替えても、時間までは取り替えられない。
あの瞬間、あの高速道路の上で起きた出来事を、なかったことにはできない。
あの時付いたバイクの傷は、あの時の傷のまま一生残り続けるだろうし、同じ位置に同じ傷はつけられない。
過去は過去で、このバイクはこのバイクのまま。
明日も、明明後日も。
1日が過ぎていくなかで、次第にハッキリしていく感情があった。
それはどんな日常の出来事よりも鮮明に今を迎えて、心臓を動かす。
明日になっても変わらないもの、いつからか、心の奥で願っていたこと。
バイクのハンドルを握りしめて、その重たい機体を全身で感じる。
取り戻したいものがここにある。
止めどない感情の濁流の中から、いてもたってもいられない気持ちが、焼けつくように耳の中でクラクションを鳴らす。
亮平、私は近くにいるよ。
今、どうしようもなく堕落した無力感に苛まれて、それがこの傷付いたバイクの内側から染み出てきているようで、やるせない気持ちになる。
乱雑に取り外したカバーをバイクの上にまた被せようとした。
いつか、また。
そういう思いを捨てきれない感情が、カバーを乗せるその瞬間の緩やかなスピードを、一層遅く、ぎこちなくさせる。
——刹那、ガチャンッと言う音が、コンクリートの上で低く響いた。
地面に転がったヘルメット。
バイクと同様、あちこちにこびりついた擦り傷が、倉庫のシャッター越しの日差しに照らされていた。
襟の部分を手で掴んでバイクのハンドルにもう一度かけようとしたら、あることに気がついた。
ヘルメットの内側に、何かが挟まってる。
それを強引に取り出そうとしたら、地面に落ちた。
3塁アルプス席券。
夏の甲子園大会のチケットだった。
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