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キーちゃんは知ってる。
亮平が事故に遭った日のこと。
2014年8月の出来事。
あの日亮平は言ってた。
言わなくちゃいけないことがあるから、って、やけに真剣なトーンで。
スマホにかかった5分20秒の電話を覚えてる。
電話のコールが鳴ったのは、1限目の授業が始まって、午前9時を過ぎた頃だった。
中学を卒業してから、ずっと連絡がなかった亮平からの着信に、私は戸惑った。
「もしもし」
教室の窓辺で、息を潜めながら話した。
授業中だったからね。
先生に怒られるからと言って早めに要件を伝えてと催促した。
しばらく返事はなかった。
少し間が空いてからノイズが割って入って、その後に唸り声のような低音。
それから亮平の声が入った。
「…ごめん、楓。どうしても声が聞きたくてさ」
なんで?
私は不思議に思った。
突然電話をかけてきて、しかも声が聞きたいって?
こんな朝早くから?
私は聞き返した。
「急にどしたん?」
少しの間沈黙が入った。
ッザザーというノイズ。
電波が遠のく。
亮平は言った。
授業の喧騒の片隅で耳を傾ける。
いつになく弱弱しい声。
いつになく真面目な声色。
そうしていつになく、やさしい話し方。
そのどれもが、耳の中で聞きなれない音を含んでいた。
「……俺、まだ言えてなかったよな?」
「なにが?」
亮平の言葉に対して反射的に出た返事。
その背後で、まるで静かな音を含みながら進んでいく時間。
あの日亮平は、思いもしない言葉を吐いてきた。
スピーカーの向こう岸で。
「もう一度、会いたい」と。
その言葉の意味を理解できていなかった私は、掠れていくその声を追う。
それがただの電話だと思いながら。
——街外れの高速道路。2キロ続いた一直線上の道。破壊されたバイク。
あの電話の少し前、亮平は、友達のバイクの後ろに乗って走っていた。
目的地があったのかはわからない。
ただ、道路の左に刻まれたブレーキ痕は、時速120キロは出ていたと思われるであろう激しい痕跡を残していた。
亮平はその勢いのまま、バイクごと道の隅に投げ出された。
あっという間に駆け抜けた風。
朝焼けの太陽の真下で。
電話で繋がっていたあの時、亮平はなにを伝えたかったのだろう。
そのことを、私は今でも探している。
雨が降ったあの日の午後、亮平と手を繋ぐ。
目を覚ましてと訴えかける。
窓越しに降る雨の音を聞いていた。
静かな病室の空間。
波を打つ心拍数の音。
私は目を覚まさない亮平に向かって、真っ直ぐ伝えたいことがあった。
私が冒してしまった、「1つの過ち」を。
だけど、私の中にあるこの秘密を、結局話せずじまいのまま時間は過ぎた。
謝らなくちゃいけないことがあるのに、口を噤んだままで。
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