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「なんだ、何も無いじゃないか」
武は部屋を改めて見回したが、やはりこれといって目を引くような物は無い。
目を引く物は部屋にはふるぼけた鏡台と、更に年季の入った箪笥ぐらいなもので、それもわざわざ作業の手を止めて見に来るほどの物で無い事は明らかだった。
「違うよ、見て欲しいのは押し入れの中にあるんだ」
そう言って息子の一人が、部屋の奥にある襖を指差した。
襖は時間の経過によって黄ばみ、さらには長く放置されていたせいであちこち破れてしまっている。
ぴったりと閉じられたその襖の奥に、見せたいものがあるといった息子たちの顔はにわかに青ざめていた。
「押し入れの中? 中に何があったんだ?」
「……よく分からないよ、ただなんて言うか……気持ち悪くて……なあ?」
「そうそう、何て言うか……うん、気持ち悪いんだよ。それでどうすればいいか分からなくて……」
息子たちはそう言って部屋の入り口近くで立ち止まり、奥へ入ろうとしない。
彼らの目線は押し入れに向けられ、その目には恐怖が宿る。彼らは押し入れが、もっと言えばこの部屋にいること自体が嫌で嫌でたまらない、というような様子だった。
息子たちの様子を見てただ事ではないと感じた武は、押し入れの中を確認するべく襖の前に立った。
襖の取っ手に指を掛けた瞬間、彼は背中を細長く冷たい何かが伝っていった感覚に襲われた。
この襖を開けてはいけない、先ほどまで無かったはずのそんな考えが彼の脳内にじわりと広がっていく。
小石のような生唾が、彼の喉を押し広げながら落ちていく。
彼は自分の指が、小さく震えている事に気付いた。
言いようの無い嫌悪感を感じながら、彼は襖をゆっくりと開いた。
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