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「それは駄目だ。先代も僕も、この壺にはあの値段に相応しい価値があると思っている。売れないから、世間の評価が低いからといって値段を下げるなんてのは、僕らにすれば自分の目が節穴だって言ってるようなものさ」
「そうは言ってもな……」
「心配いらないよ。まだあれの価値が分かる人と壺が出会ってないだけさ。人も物も、自ずと引かれ合ってあるべき形に落ち着くんだよ」
「ま、なるようになるって事だろ?」
「そういう事だね。引き留めて悪かった、改めて朝食を頼むよ」
廻はその言葉に軽く返事をし、朝食の準備を始める。
炊飯器を開けると食欲を刺激するような白米の香りが、白い蒸気と共に舞い上がる。
白い宝石のような白飯を一塊すくい、彼は小さくほくそ笑む。
義時は、朝食は必ず米を食べるという拘りがある。加えて米の水加減などの細やかな部分にもうるさく、基本的にはあらゆる事柄に寛容な態度を見せる義時だが、米の炊き上がり具合にだけは厳しい姿勢をこれまでの生活で見せていた。
一人暮らしの時分ならば、米が硬かろうが柔らかかろうがこんなもんかと食べていた廻にとっては億劫でしかなかったが、雇われ、住居まで世話になっている身としては文句を言えるわけもなく、ただ真摯に米を炊く以外の道は残されていなかった。
はじめは失敗続きだったが、ここ最近出来上がりはかなり良くなってきていた。
白飯の炊き上がりに満足した後で、彼は味噌汁と主菜の準備に取り掛かる。
味噌汁の具材には豆腐となめこを選択する、具材に関しては義時から一任されており、廻が自由に選択する事ができる。
主菜には、近所にある鮮魚店の主人から譲られた鮭を選択した。
二つの品を手際よく廻は準備していく、味噌汁と鮭の焼けた香りが彼の立つ台所を包み込む。
窓から差し込む朝の光と、小鳥の囀りがそこに加われば何の変哲も無い台所も至福の空間に早変わりし、そこに漂う気持ちの良い一日になる事を確信させる幸福な空気は、廻を優しく包んでいた。
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