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|節家莉亜《ふしいえれいあ》の決意
輝平晋との交際が続いて気がつけば十月になっていた。
まだきびしすぎる残暑のなかで秋らしい楽しみはなかったが、それらがもう自分の中で古いものと考えるようになったのは彼氏持ちとしてどこか他のカップルとちがう穴があいた感覚がした。
夏からすぐに冬になる。
当然ってこわい。
そんな節家莉亜ももうすぐ高校三年生になる。
輝平晋はひとつ上なのでまた他校とはいえ卒業式に背中を見ることになる男性のひとりでもあった。
そういえば彼氏彼女の関係になったとはいえ告白していないな。
恋愛レアリティショーでは男子からも女子からの告白もあるけどつめ族から助けてくれたのは輝平晋だった。
ちゃんとお礼を言ってなかったなあ。
彼がプロデビュー戦した試合まで見に行って思わずだきしめたのに。
その時の彼がきたえつづけた身体からは彼女である節家莉亜を大切にしようとあたたかで繊細な触れ方だった。
彼はちゃんと私のことを想っている。
だからこそ節家莉亜は輝平晋にちゃんと告白する必要があった。
いつの間にか幸せハラスメントの活動も張り紙が少し残っているだけになり、つめ族のうわさも格闘家たち筋肉質な人間の一時的なイベントで終わった。
もう私たちを邪魔するものは何もない!
なんだか気になることも多いけどそれとこれとは違うから。
イラストレーターとしての勉強もはかどっていて、大学進学のために高校三年生を節家莉亜の決意は大切にできるか不安だったが輝平晋が高校生最後の年を全力で過ごしていた姿を見て、節家莉亜も未来への考え方が変わっていったのだ。
輝平晋は今日もここでシャドーボクシングをしているはず。
噴水のある公園で灰色のフードをかぶって格闘技の練習をしている男性に声をかけた。
事前に連絡してもよかったけれどここは女の勘で話してみたかったから。
「莉亜か。 こんな朝早くからなんだよ」
よかった。
晋だった。
「今日はどうしても伝えたいことがあってさ」
改まって何を言うのか輝平晋も気になっていたようだった。
「まえに何の面識もなかった私を晋はつめ族から助けてくれたでしょ? それなのに私、ちゃんとお礼をしてなかったのを思い出してさ」
「お礼なんてもういらない。 なんか水臭いぞ。 どうした」
格闘家として、男子高校生として、歳上として。
どれもちがう。
二つ上の先輩の背中とは違うかっこいい漢の姿。
輝平晋の生き様をこれからも応援したい。
「好きです。 つきあってください!」
手をのばし、もうすでに付き合っているのに告白した。
「はっはっはっ。 そういえば告白は受けてなかった。 俺も忘れてたよ。 ごめんな」
「あやまるのはこっちのほう。 やっと・・・やっといえたぁぁぁぁ!」
輝平晋は節家莉亜がハイテンションになったので周りの目を気にしながらおさえていた。
そこはやっぱり大人なんだなとふりまわす節家莉亜。
2024年は多くの出来事がありすぎた。
まだ三月までだいぶ時間があるけど受験生にとっては十月はエンドマークをかざる月なのだ。
そういえば幸せハラスメント提唱運動に何度も巻き込まれながら考えていたが自分たちも誰かのマウントに嫌な印象をうけていたこともあった。
付き合ったからって自分たちがそんなことを誰かにすることはない。
たしかにつめ族や幸せハラスメント撲滅の張り紙を見た時は怖かった。
人は幸せになりたいのではなく、シンプルに生きていたいのかもしれない。
自分たちの場合はそうだった。
格闘家やイラストレーターを目指すために学歴を手に入れる。
サラリーマンになりたくはないが選択肢としてはほしい。
それでもホームレスになったり、はなればなれになったり、あるいはどちらかが死ぬことや病気や障がいになるかもしれない。
あらゆる不安を乗り越えるために成功者を目指すのはなんか違うと思う。
だからこそ「なんか違う」を「なんかで終わらせないため」に自分たちは生きていく必要があると強く実感した。
「俺も好きです。 何が起こるか分からないけどつきあってほしい」
輝平晋も節家莉亜に告白した。
もちろんと返事をした後に二人は未来と現実を考える。
それほどロマンチックではなかったけど悪夢ではない星がふったよ。
いつの間にか強くにぎる二人の手がはなれることはこれから先どんな現実があってもつながりとして残る。
節家莉亜はイラストレーターを目指すことを決めた。
輝平晋がひとりの人間のために化け物と戦い、リングの上で男どおしの戦いを繰り広げる景色を節家莉亜も描き続けるため。
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