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爪の持ち主は幸せを前提としていない
輝平晋は先輩が語ってくれた幸せや不幸といった固定概念にしばられない生き方にはげまされてからテスト後に組まれたマッチメイクの相手に勝つために練習を続けていた。
「ったく。 書店なんかなくなっても誰も困らねえのに過激すぎなんだよ幸せハラスメントだなんて」
気の荒い後輩が下品な指の形でジムの近くに貼られている『幸せハラスメントをゆるすな!』と書かれた張り紙に反抗していた。
「書店がないと俺らが動画配信とかで格闘家としてのプロモーションをしたときに自伝出版してもらえねえじゃん。 あんまし自分の考え方おしつけんなよ」
みんなちゃんと下心、いや野心をかかえていた。
今はSNSやビジネスを格闘家も学ばないと王座獲得だけでは暮らせない。
つらい時代だがそれでも試合には勝つ。
練習を続けていると後輩たちから別の話題を耳にした。
「そういえば幸せハラスメントもひどいけどもうひとつ面白そうな情報が格闘家に知れ渡ってるんだけど」
「俺もそれ知ってる。 つめ族だろう?」
つめ族?
だいぶ昔に流行ったらしいガングロギャルとかそういうやつか?
先輩に聞いた伝説のひとつなのだが。
令和を生きる日本の男子高校生にとってはそれ以下の年齢が語るうわさになんだか好奇心が芽生えていく感覚があった。
「なんでも各地をワープして解析不能のつめを持つ生き物が強い人間の前に現れてうでだめしするとか」
「なにそれ? おまえ書店でなんか面白い小説読んでるんじゃねえのか? アニメかもしれないけどさ」
「妄想じゃねえぞ。 ほらスクショもある」
スクショの内容は分からなかったがただでさえ人間関係や試合前で疲れているのに得体の知れない化け物がいるのかよ。
もちろん誰かの笑えないジョークの可能性が高いが強い人間の前に現れるなんてふつうありえない。
ふつうや特別が存在しなくなった世界だとしてもだ。
それでも晋はサンドバッグとミット打ちをやりながらつめ族の情報についても調べるようになった。
後輩たちは気が荒い。
つめ族に興味をこちらが持ったと知ればついてきてしまう。
事前情報だけでは判断ができない。
つめ族が人間にしろ化け物にしろきたえなければいけなかった。
それでも高校生活の退屈がまぎれるなら安いものだ。
晋は他の高校に通う格闘仲間や後輩からつめ族について聞いてまわることにした。
「つめ族? ああ世界各地にたまに現れる生き物のことね」
まじか。
本当なのかはまだうたがっているがしっかりと戦っている別の国のファイターたちが映像まで残していた。
「フェイクとまで決めつけたくないが、ずいぶんとリアルな肉質だな」
「晋。 お前にだけは教えてやるよ。 ある洞窟調査をしている人が自身のSNSににおわせをしていてさ」
「やっぱソース源をたれながしてるやつもいるのか。 しかしなぜ格闘家に限ってるんだ?」
「おそらくこのつめ族の情報をひとりじめしたいんじゃない? で、格闘家とか体力に自信のある人間にたのんで研究対象にするつもりかも。 金や名誉のためなら俺は嫌いな考えだが合理的だ」
たしかにそうだ。
それでも表の情報ではオカルトレベルにうさんくさくして、自分たち格闘家やSPなど力強そうでコンプラを守れそうな相手には詳細な情報を小出ししている。
「このつめ族ってワープできるんだろ? 本当かは別として強い人間だけをねらうだろうか? こうして隠れてくらしているのが不気味に思える」
「作戦は立ててるはずだ。 知的生命体ならなおさら」
幸せハラスメントにつめ族か。
それに次の試合もひかえている。
つめ族について発信している人が書けば面白そうだ。
それでも売れるかどうか分からないし、幸せハラスメントとはあまり関係なさそうではあるが。
練習に趣味のつめ族調べと勉強。
いい意味のいそがしさに晋は最後の高校生活がドラマのようで気分が良かった。
夜をむかえるまでは。
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