春一番に咲く花の名を

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 靄という言葉は聞き覚えがある。想像していたものは、もっと恐ろしい雰囲気のものだったが、ああいう神秘的な靄もあるのか。 「ええ。木々に積もった雪が蒸発しているのですね。雲の赤子のようなものです。おや、風花(かざはな)ですね」  私はまた知らない言葉を出され、少し頬を膨らませた。それを見た彼は目をさらに細めた。 「風花というのは、晴天に舞う雪のことですよ」  彼はゆっくりと指をさしながら「モヤ、カザハナ」と私に言葉を教えた。書生君は私を何歳だと思っているのだろう。  子供扱いされて少し悔しくなった私は、庭の隅に一箇所、雪がこんもりと小さな山を作っている場所を指した。 「それじゃあさあ、あの花の名前はなんっていうの?」 「あの花と申しますと?」 「あの(こも)の下にある花。春になったら、毎年ここの庭で一番に咲く花の名前だよ」  菰と聞いて、彼は腰を浮かせて小さな雪の山に近づいた。 「春一番に、ですか。ということは、わたくしが初めてここに来た頃には、花は落ちていたかもしれませんね」  今朝から誰も足を踏み入れていない庭の雪は少し深かった。彼のくるぶしよりも少し深いだろうか。
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