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34 つまみ食い
窓辺に人の気配がした。
窓を見ると、肖像画のように胸から下がない女の姿がそこにある。
確か寝たのは午前二時だった。
カーテンの横から見えるワイヤー入りのダイヤガラス窓が白んで見える。
四時過ぎくらいか・・・。
ダイヤガラス窓だ!人影は映るが、鮮明に見えるなんてあり得ないぞ!
そう思ったとたん、跳び起きるように目が覚めた。
「いびき、かかないんだ・・・」
窓辺の気配が髪をゆらし、聞き覚えある声でいった。窓辺に手も見える。
「幽霊かと思った・・・。入れば・・・」
窓の外に立ってカーテンの内側に身を乗り出しているのは、高校を卒業した石野悦子だった。
五月にしては暑い夜だった。少し窓を開けて、座卓の電気スタンドを点けたまま、布団で眠っていたのを忘れていた。
机があるのに、妙な格好で座卓に向い試験勉強したため、すこぶる腰が痛かった。
ベッドの布団を持ってきて丸めて背もたれにしたが、痛みは消えず、睡眠不足と疲れもあり、そのまま座卓の横に布団を拡げて横になったまま、寝返りを打たずに眠っていた。
腰の痛みは消えていなかった。
部屋に入るなり、その事を知った悦子は、うつぶせになった省吾の尻に乗り、手のひらに体重をのせて腰を押した。
腰の痛みが和らぎ、筋肉疲労が緩和する、じんわりした心地良さが腰に拡がった。
数分すると、悦子は省吾の脇腹に両手の指先をそっと触れた。
「くすぐったいな」
今度は強く指先が脇腹に触れた。省吾は反射的に身をよじり仰向けになった。
悦子は省吾の下腹部に乗っている。
お返しだ、といって、省吾は悦子の胸に触れた。
悦子はトレーナーとTシャツだけだった。
「山本さん、どうしてる?」
悦子の恋人は今春大学を卒業して大手製薬会社へ入った。
「アメリカで研修中」
「悦子、オレをつまみ食いしようと思ってる?」
省吾は悦子を見あげた。
「そうかもね・・・。実はこれ・・・」
悦子は手首を見せた。ミミズ腫れの変色した皮膚の真新しい盛りあがりが三本ある。
「入試、ダメだった。
来年受験して、受かっても、受からなくても、山本さんと一緒になる」
「そうか・・・」
悦子は古風な顔立ちだ。小柄でぽっちゃしてかわいい。小さなピンクの花びらのような口元が上品な感じがするが、行動は古風ではない。
この娘の未来は、本人がいうとおりになるのだろうか?夫となる山本の未来が想像される。
(了)
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