10話 盗人たけだけしい

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10話 盗人たけだけしい

「発表の手ごたえ、あったわね」 「やはり両国は一触即発なんだよ」  ノエミとアマンドは、ノエミの部屋に戻り、正しく発表の反省会をしていた。  19歳と18歳になったふたりは、誰が見てもお似合いの婚約者同士だ。  ふたりの仲を温かく見守っている周囲は、ノエミたちが勉強を始めるとそっと姿を消す。 「どうしたら開戦を回避できるか、考えましょう」 「納得がいく落としどころが、きっとあるはずだ」 「フォルミーカ国にとっても、ソートレル国にとっても、戦争は大きな傷跡になるものね」 「どうしようもないところまで追い詰められる前に、何とか手を打ちたいね」  審査官の反応を見る限り、ノエミとアマンドの予想は間違っていない。  真剣に話し合うふたりの姿は、国の上層部にいる重鎮のよう。  時々アマンドはもう少しだけ、甘い雰囲気が欲しいと思ってしまう。  だけどそれは、試験が終わって、結果がハッキリするまではお預けだ。  ちゃんと行く末が決まって、ノエミと一緒に国を担う覚悟をしたら、アマンドからプロポーズをしたい。  それまでは、心の奥底に秘めた思いを、ノエミには隠し続けるつもりだった。  だが――。 「ねえ、アマンド、最近おかしいの。私が洗濯に出した服が、たまに無くなるのよ。侍女たちは必死に頭を下げて謝ってくれるんだけど、そもそも私の服は支給品だし……どうしたらいいのかしら?」  ノエミの相談内容に、アマンドの表情がスッと抜け落ちた。  それは犯人に心当たりがあったからだ。  わずかな一瞬のことだったので、ノエミにはその顔は見えていない。  アマンドは笑顔の仮面をかぶると、取り繕うように言った。   「以前、盗人が徘徊していると言っただろう? きっとそいつの仕業だ。僕の威信をかけて必ず捕まえるから、ノエミは心配しなくていいよ」 「そう言えば、夜中にドアノブを引っ張られたこともあるのよ。鍵をかけていたからよかったけど、入ってこられたらと思うと……」  怖がるノエミを、アマンドは優しく抱き締めた。  ひっとノエミが息を飲んだ音が聞こえる。 「あ、あまんど、これは……」 「大丈夫、僕がノエミを絶対に護るよ」  真っ赤になったノエミが見上げると、そこには思っていた以上に、鬼気迫る顔をしたアマンドがいた。 「ノエミは僕の婚約者なんだ。盗人が手を出していい相手じゃない」 「アマンド? どうしたの?」 「……ごめん。距離が近すぎたね」  すっと身を離すアマンドに、ノエミは手を伸ばす。 「ノエミ?」 「ありがとう、アマンドがそう言ってくれたから、もう怖くないよ」  はにかむノエミが可愛くて、今度はアマンドが息を飲む。  赤くなる顔をうつむかせ、アマンドは狼狽えた声を出した。 「駄目だよ、ノエミ……隠し続けるって決めたのに」 「何を?」  首を傾げて無自覚で煽るノエミに、アマンドは悶え続けた。 (言ってしまいたい。ノエミが好きだと、誰にも渡したくないと、一年目からずっと愛しているんだと――)  ◇◆◇◆  レグロは悪友たちが集う茶会へ足を運ぶ。  そこに居るのは、ほとんどがレグロの側近候補で、高位貴族の令息たちだ。  中でも一番付き合いの長いのが、ラジャ侯爵家のイサークだった。  紺色の髪を肩に流し、銀色の瞳でまわりを鋭く圧倒する。  レグロとよく似た性質のイサークとは、特に気が合った。 「イサーク、久しぶりだな」 「レグロじゃないか、勉強はどうした?」  同い年のふたりは、気軽に挨拶を交わす。 「勉強どころじゃないんだよ。お前の悪知恵が借りたくて、今日はわざわざ顔を出したんだ」    王妃が寄こしたクレメンテに、啖呵を切ってしまったからには、次の発表の場でそれなりの成果を見せなくてはならない。  しかし頭の中は致すことばかり考えていて、まったく勉強に集中できないのだ。  オリビアを抱けない日は、くすねたノエミの下着で妄想を膨らませ、自慰をして肉欲を発散している。  そんな情けない姿は、誰にも見せられない。 「なんでも相談に乗るぞ。その代わり、俺を必ずレグロの側近にしてくれよ」  ちゃっかり自分を売り込むイサークは、やはりレグロの悪友だ。  そういう下心を隠さないところを、レグロは気に入っていた。 「ちょっとふたりだけで話そう。あまり人には聞かれたくない」 「こっちだ、休憩室がある。そこなら大丈夫だろう?」  イサークの案内で、小さな部屋へと移動する。  一人掛けのソファに腰を落ち着けると、レグロは自分を取り巻く現状を話し始める。 「せっかくオリビアとの蜜月を楽しんでいたのに、試験の点数が下がったとかで、マリーン公爵に離れ離れにされてしまったんだ」 「なんだよ、あんなに毎日やり放題だって自慢してたのに」 「笑うなよ、今じゃ右手と仲良しだ」  ぶはっと噴き出したイサークの正面で、レグロは大袈裟に溜め息をつく。 「なんとかそれで誤魔化してきたけど、そろそろ本気でまずいんだ。勉強に身が入らないくらい、欲求がたまってる」 「俺たちは、やりたい盛りだからな。我慢なんて、土台無理だ」 「イサークはどうしてる? 婚約者とそう頻繁にするわけにもいかないだろう?」  ここからが本音だ。  心底困っているレグロは、イサークの回答を待つ。   「簡単だ。やれる女を別に用意するんだよ」 「娼婦ということか?」 「王太子になろうって男が、お忍びで娼婦を呼べるか?」 「無理だな。すぐに母上にバレる」 「口の堅い侍女を探せ。金でも愛でも、黙らせる手段は何でもいい。レグロに忠節を誓わせて、脚を開かせるんだ」 「っ……!」  王城で働く者に手を出すなんて、レグロの頭にはなかった考えだ。 「それは……うまくいくのか?」 「俺たちみたいに身分が高いと、かなりの確率で成功する」 「そうか、そんな手段があったのか」  感心しているレグロに、イサークは悪い顔をして付け加えた。 「オリビアちゃんによく似た女なら、臨場感も増すぜ」 「オリビアに似た?」 「顔でも髪色でも、体つきでも声でも、似ている部分はどこでもいい。好きな女を抱いてると思えば、あそこも元気になるだろう?」    意外とレグロは潔癖だから、もしかしたらオリビア以外は抱けないかもしれない、と考えたイサークなりの提案だった。  しかしそれを、レグロは違った方向へ解釈する。   (なるほど……ノエミに似た女を探せばいいのか)  ふふっとレグロが笑った。 「ありがとう、イサーク。おかげで問題は解決しそうだ」 「俺は役に立つ男だろう? それで、側近にはしてくれるのか?」 「僕の側近になりたいなら、悪知恵だけじゃ駄目だ。ちゃんと地頭も良くないとな」 「いつでも披露してやる。俺は学園でも、成績優秀だったのを忘れたか?」  挑むようなイサークの態度に、レグロはその頭脳の使い道を思いつく。 「僕の右腕として、今からイサークを雇用する。王太子になるための試験について、模範解答をつくってくれ」 「実地で俺を見極めるってわけか。いいね、燃えてきた」 「無事に僕が試験で高得点を獲得し、王太子の座を射止めた暁には、イサークを側近として迎えよう」 「絶対だぞ」  イサークが拳を突き出してきたので、レグロもそれに拳をぶつける。 「約束は守る。ただし、これらは全て、極秘任務なのを忘れるな」 「大船に乗ったつもりでいろって」  ◇◆◇◆  アマンドがノエミの侍女たちを集めて、圧をかけながら事情を聞くと、やはり盗人はレグロだと判明した。 「も、申し訳ありません。レグロ殿下に命令されて、逆らえませんでした」 「私も……ノエミさまの肌着を、何度か……」  いつもは穏やかなアマンドだが、今は憤怒の炎を背負った鬼神に見える。  怯えて震える侍女たちに、アマンドは告げた。 「二度と渡さないように。このことは、父上にも報告する。もし、レグロから再び要求があったら、僕の名前を出して断って」    いいね? と確認を取ると、侍女たちは高速で首を縦に振る。  涙目の彼女たちを解放すると、アマンドは言葉を違えず国王の元へと向かった。  レグロを糾弾するためではなく、ノエミの護衛を手厚くしてもらうために。
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