14話 どちらが選ばれるのか

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14話 どちらが選ばれるのか

「いよいよ、最終発表の場だ。抜かりはないだろうな、イサーク」 「俺がそんな間抜けじゃないって、知ってるだろう?」  イサークが用意した資料には、びっしりと数値が書き込まれ、下調べの入念さが見て取れた。  それもそのはず、これらのデータを提供してくれたのは、国の重鎮でもあるイサークの父、ラジャ侯爵だからだ。  ラジャ侯爵は、ソートレル国とフォルミーカ国の開戦を、今か今かと待ち構えている好戦派だ。  このたび王太子選定の試験において、両国間への政治力が試されると聞き、レグロを巻き込もうと一計を図ったのだった。 「よし、では行ってくる。この結果で、僕と兄上のどちらが王太子に相応しいのかが決まる。重要な局面だ」 「期待してるぜ、レグロ」  イサークが突き出した拳へ、レグロも拳を当てる。 「敗けるわけにはいかないんだ。あの兄上が、僕より上にいるなんて、許されないのだから」  幼少期から、アマンドを礎にしてきたレグロだ。  今さらその地位が逆転するなど、許容できるものではない。  しかし、その隣で静かにしているオリビアは、まったく違うことを考えていた。 (王太子妃になって王城で暮らすようになれば、ホセを癒しには使えないと、お母さまから言われてしまった。どうして駄目なのかしら……ホセは私にとって、必要不可欠な息抜きなのに。王太子妃になっても、国母になるための勉強が待ち受けているのでしょう? だったら……)  ぼうっとしているように見えたのだろう、レグロから鋭い声がかかった。 「オリビア、しっかりしろ。ここが正念場だ」 「申し訳ありません、レグロさま」  オリビアはレグロのエスコートを受けて、試験会場へと向かう。  そんなふたりの完璧な容姿は、すれ違う貴族たちをことごとく魅了した。  しかしその道すがら、やっぱりオリビアが考えてしまうのは、ホセの件だった。   (もう私は、ホセなしではいられない。だって前だけでは……極められないんだもの)  それは最近になって気がついたことだった。  レグロに貫かれても、物足りなくて達せない。  恋するレグロに可愛がられて、心はとても悦んでいるのに。   (お尻の穴が、きゅんとするのよ。……そこにホセがいないと、駄目なんだわ。もしも王太子妃になってしまったら、私はきっと……)  オリビアの表情が暗くなる。  それをレグロは緊張のせいだと受け取った。 「オリビアも、事の重大性が分かっているようだね。だが、僕に任せてくれ。必ずや勝利を手に入れる」 「私、自信がありません。果たして王太子妃として、やっていけるのか」  オリビアの不安を、レグロは笑い飛ばす。 「そうか、もうそんな心配をしていたのか。ゆくゆくは国母となる、責任の重い立場だ。そんじょそこらの女には務まらないだろう。しかし……」  レグロの脳裏を、ノエミの姿がよぎる。  不敬にも、レグロに対して言い返してきた、勝気な姿が。  口中に唾がたまるのを感じた。 「オリビアがひとりで、何でも担う必要はない。誰しも、得手不得手があるだろう? オリビアは自分ができると思うところを、頑張ればいいんだ。それ以外は別の者に任せたって、構わないんだからね」  淑やかなオリビアに務まらないならば、それこそノエミの出番だろう。  視察だろうと外交だろうと、あの怖いもの知らずなノエミなら、そつなくこなすに決まっている。   (夜の営みだって、断然ノエミとするのが楽しそうだ)  生意気なノエミを組み伏す想像をしただけで、レグロの脳髄がしびれる。 「だからオリビア、今はこの試験を切り抜けることに集中しよう。その後のことは、またふたりで話し合えばいいから」  こくりと頷いたオリビアを促し、レグロは試験会場の扉をくぐった。  ◇◆◇◆  会場では、いつもの審査官たちの他に、国王が臨席していた。 (さすがに最終試験なだけはある。場の緊迫感が尋常じゃない)    レグロの意識が僅かにそちらへ逸れたが、いつも以上に胸を張り、自信たっぷりと発表をする。  審査官から、内容について詳細な説明を求められても、手元の資料に目を落としながらつらつらと答えていく。 (我ながら、完璧だ。少しオリビアにも発言させて、ここまでの協力体制をアピールをするか)  そんな余裕すらあったレグロだが、国王からの質疑に急転する。 「レグロよ、その数値に間違いはないか?」 「え、ええ、間違いありません」 「責を負えるか」  強めに確認をとられ、レグロは返答に躊躇う。   (これはイサークが、ラジャ侯爵から入手してきた資料だ。国の上層部だって、これを基に話し合いをしている。だから間違っていない。間違っていないはずだ……)  内心で、激しい葛藤をした末に、レグロは小さく頷いた。  その自信のない様に、審査官たちはざわめく。  これまでレグロが威風堂々と発表していた姿が、張りぼてのように感じられたからだ。  そこから勢いを取り戻すことなく、レグロとオリビアの発表は終わった。  そして次に呼ばれたのは、ノエミとアマンドだ。 「では、最終発表をお願いします」  側近のブラスの宣言により、ふたりの試験が始まった。  ◇◆◇◆ 「ソートレル国は、フォルミーカ国から受け取る土地貸料を子育て支援に充てることで、人口増加へのきっかけが掴めます」  よどみないノエミの説明は、何度もアマンドと検討を重ねた結果だ。  そこへ国王から、少し意地悪な質問がされた。 「フォルミーカ国が、ソートレル国へ金を払いたくない、と言ったらどうする?」    フォルミーカ国は、住処となる平坦な土地が欲しい。  ソートレル国へ金を払わずとも、奪えば領土となるのだから戦争も辞さない。  そういう選択肢もあると、国王は示唆したのだ。  ノエミとアマンドは、顔を寄せて話し合う。  それは短い間だった。  すでに代替案は考えてある。  次は、アマンドが国王へ向かって答える。 「政府高官はそう言うかもしれませんが、実際に血なまぐさい戦争が始まれば、兵士として駆り出されるのは国民です。これまで真面目に納税してきたのに、いざというときに国民のために金を支出しないどころか、国民の命を鉄砲玉のように使おうとする政府に対して、国民は大人しくしている必要はありません」 「それで?」 「ソートレル国は、フォルミーカ国からの移民を受け入れればいいのです。幸いなことに、ソートレル国には平地があります。そこを耕し穀倉地帯とすれば、フォルミーカ国で培ってきた小麦栽培技術を、移民たちは惜しみなく披露してくれることでしょう」 「なるほど。ソートレル国の懐は、移民からの税収と新たな特産品で潤うわけか」 「逆にフォルミーカ国は、一気に人口が減少するでしょう。そんな状況で、広大な穀倉地帯を維持するために必要な働き手をどれだけ確保できるか、あやしいものです」    無表情だった国王の口角が、ゆっくりと持ち上がった。  納得のいく答えだったのだろう。  フォルミーカ国の主要な輸出品である小麦をターゲットにし、ソートレル国が競合して小麦を生産するようになれば、世界規模で小麦の単価は下がり、独り勝ちしていたフォルミーカ国は目が当てられない事態となるだろう。   「十分な脅しになるな」  それだけ言うと、国王は口を閉じた。  その後、審査官から出たいくつかの質疑に回答し、ノエミとアマンドの発表は終わった。    これから最後の集計が始まる。  ◇◆◇◆ 「これより、試験結果の公表が行われます。どうぞ中へお入りください」    いつもと違い、最後の点数発表には、特別な場が用意されていた。  側近のブラスに導かれ、ノエミたちが足を踏み入れたのは、多くの高位貴族が居並ぶ謁見の間だった。  正面の玉座には国王、その隣には王妃が座っている。  いつもならばその横に、アマンドとレグロの席が用意されているはずだ。  だが今日だけは、それぞれの婚約者と共に、跪き頭を垂れる側にまわっている。  ブラスが声を張って、すべての者に聞こえるように宣べた。 「三年かけて行われた、王太子選定の試験が終わりました。本日、結果の公表と共に、サンターナ王国の王太子が正式に決定いたします。……これに異論は認められません」  しんと場が静まり返る。  頬を紅潮させているマリーン公爵とパメラ、勝ち誇った顔のラジャ侯爵、それぞれの思惑を胸に、貴族たちはブラスの次の言葉を待っていた。  ノエミとアマンドは、そっと手をつなぐ。  見つめ合ったふたりの間には、目に見えない絆があった。  これまで三年間、ゼロから築いてきたふたりの関係は、今や確固たるものになっている。  結果がどうであれ、揺らぐほど柔ではないのだ。  それが分かっているから、ノエミとアマンドは微笑んだ。  注目の的になっているブラスが口を開く。 「試験の結果、王太子に選ばれたのは――」
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