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5話 二年目に試される理解力
「一年目は、ソートレル語とフォルミーカ語を学んでもらいましたが、それは二年目への布石でした」
クレメンテの説明に、ノエミとアマンドは耳を傾ける。
「二年目のテーマは、ソートレル国とフォルミーカ国への理解です。両国について、多くのことを学んでください。そして両国が今、どのような状況にあるのかを把握してください」
「なるほど……両国を知るために、ある程度の語学を身につけていないと、資料すら読めない可能性があったわけね」
ノエミが頷き、一年目の試験の重要性について納得する。
「王城の図書室にも、両国の資料は揃っていますし、サンターナ王国に滞在している、両国の大使と面会をするのもいいでしょう。どのような方法を選択するかは、おふたりの自由です」
クレメンテは引き続き、教官として授業もしてくれるそうだ。
さらには、司書をしているので資料探しも手伝いますよ、と申し出てくれた。
「クレメンテ先生、語学のときと同様に、私たちはそれぞれ、担当する国を調べたほうがいいですか?」
「それが効率的でしょうね。お互いが調べた事柄を発表し合ったり、国による違いを見つけたりすると、ゲームみたいで楽しいかもしれません」
勉強じゃなくてゲーム。
それは思いがけないアドバイスだった。
ノエミもアマンドも、この一年間勉強漬けだった。
それがこれから二年間続くと覚悟はしていたが、クレメンテにゲームと言われて拍子抜けする。
「ゲーム感覚で、いいんですか?」
「いいと思います」
ぽかんとしたノエミに、クレメンテは頷く。
「難しく考える必要はないんです。我が国にとって両国はいわば隣人、仲良くしたい友だちだと思ってください。その友だちは何が好きで、何が嫌いで、何を食べていて、何をして遊ぶのか。そうした興味を持つだけでいいんです」
「なんだか面白そうだね」
アマンドが意欲を見せる。
声が弾んでいることからも、それがうかがえた。
ノエミもちょっとワクワクしてくる。
何しろこれまで、ノエミに友だちなんていなかった。
「友だちのことを知りたいって思うのは、当然ですものね」
初めての友だち――その言葉が、ノエミを突き動かす。
「じゃあ、さっそく! クレメンテ先生、資料を探しに行きましょう!」
「では図書室へ移動ですね。最初は図解されているものが、分かり易いと思うんですよ」
ノエミとアマンドは手をつなぎ、クレメンテについていく。
つながれた手を見て、一瞬クレメンテがおや? という顔をしたが、すぐにそれは微笑ましいものになった。
◇◆◇◆
レグロの部屋の近くに用意されたオリビアの部屋で、ふたりは逢瀬を重ねた。
勉強もしなくてはならないが、レグロにとってはそれ以上に大切なことがある。
「次はどこを触って欲しい?」
今はオリビアに、性の悦びを教えているところだ。
顔をとろけさせて、はあはあと熱い吐息を漏らすオリビアに、レグロは唾を飲む。
「レグロさま、ここ……」
オリビアが指し示したのは、昨日、レグロが初めて触った場所だった。
「オリビアは覚えがいいね。ここは教えたばかりだというのに」
服の上からそっとなぞって、レグロはオリビアの快感を高めていく。
徐々にこうした行為に慣れさせ、いつかは本懐を遂げたい。
レグロはその好機を虎視眈々と狙っている。
「オリビア、夏になったらソートレル国へ行こう。大きな湖のそばに避暑地があるんだ。ソートレル国の人はみんな、暑い夏をそこでやり過ごすんだよ」
王城では人目がある。
いっそ試験にかこつけて、国を出よう。
ロマンティックな場所で、オリビアの躊躇いがなくなるほど愛を囁いてから、たっぷりとその体を堪能するのだ。
内心、舌なめずりをしながら、レグロはオリビアを懐柔していく。
「本を読むばかりが勉強じゃないんだ。実際にその国へ足を運んで、その国の人と交流すると、肌で感じられるものがある。兄上には分からないだろうが、僕はすでにそれを、外交で経験しているからね」
ぐずぐずになったオリビアに、洗脳するようにレグロは繰り返す。
「それまでは、こちらの勉強を頑張ろう。とても大切なことなんだよ。僕たちの体の相性が良くないと、子どもに恵まれないかもしれない」
王妃の一番の仕事が、何だか分かるよね? とレグロはオリビアに問いかける。
「もちろんです……後継者を、産むことですわ」
体をビクつかせ、言葉を途切れさせながら、必死にオリビアが答える。
レグロは、良くできました、とにっこり微笑む。
「そのためにもオリビアの体は、僕好みにならなくてはならない。快楽に従順に、性に奔放に、求められたらすぐに、受け入れられる体を目指そうね」
「何でもします、レグロさまの言う通りに……」
「ふふ、可愛いね、オリビア」
ちゅうと唇を吸ってやれば、オリビアは達した。
ぐったりとした体を抱き締め、レグロは猛る自身を鎮める。
(この柔らかくて、甘い香りのする体を、夏には思うさま貪れる。それまでの我慢だ)
計画を実行に移すため、レグロは水面下で動く。
ブラスの元へ旅程が届けられたときには、すでに各所へのレグロの根回しは済んでいた。
「オリビア嬢と一緒に、ソートレル国へ外遊か。……レグロ殿下らしい」
決裁印を押しながら、ブラスは独り言つ。
この様子では、冬にはフォルミーカ国へ行く、と言い出すに違いない。
「果たして二年目はどちらに軍配が上がるのか、楽しみだ」
レグロはブラスを警戒しているようだが、制止するつもりはさらさらなかった。
ブラスにとっては、選定の試験の結果がすべてだ。
決裁済みの書類を片付けると、クレメンテからアマンドたちの状況を聞くべく、ブラスは執務室を出て行った。
◇◆◇◆
「それはもう毎日、楽しそうに取り組んでおられます。この調子で行くと、いい結果に繋がりそうです」
「楽しそうに? アマンド殿下とノエミ嬢は、勉強をしているのだろう?」
ブラスが疑問符を浮かべる。
「つらいばかりが勉強ではありません。ちゃんと成果が身につくのなら、それでいいと思います」
「それはそうだが……」
クレメンテの持論に、ブラスはまだ首を傾げていた。
「今は、両国の食文化について調べているところです。どうしてそれを食べるのかという疑問に端を発し、国内で収穫できる農作物や飼育できる家畜の種類、気候と地形の関係、サンターナ王国との輸出入についても学習しています」
「ほう、芋蔓式に」
ブラスにも、なんとなく分かった。
疑問が解決するのは楽しい。
ノエミとアマンドは、興味のある分野から段階的に裾野を広げて、知識を吸収しているのだろう。
「夏には、ソートレル国やフォルミーカ国の大使と会う予定です。それまでに、資料では分からない部分をまとめて、大使に質問したいと言っていました」
「順調なようだな」
ブラスが安心して胸を撫で下ろした。
そして双子の王子の進捗を報告するため、国王と王妃の元へと向かうのだった。
◇◆◇◆
ブラスの話を聞き終えた王妃が、溜め息をついた。
「やはり王太子には、レグロが相応しいのではないかしら? ソートレル国へ直接赴いて、試験の勉強と外交を一度にこなすなんて、頭のいいあの子だから考えつくことだわ。アマンドは机上の学習ばかりして、このままでは差がつく一方――」
「儂はそうは思わん」
王妃を遮ったのは国王だ。
「相手について調べるのは基本だ。アマンドの学習方法は正しい」
「レグロはこれまで、何度もソートレル国に足を運んでいます。あの子には、すでに知識があるから、改めて学習しなくても大丈夫なのよ」
王妃はあくまでもレグロの肩を持つ。
国王がブラスに視線を投げる。
説明してくれ、という合図だ。
ブラスは一歩前に出て、王妃へ頭を下げる。
「僭越ながら、これは将来の国王を選定する試験でございます。王子として求められる振る舞いと、国王として求められる振る舞いは異なります。より為政者に向いているのはどちらなのか、それを審査しているわけでして――」
双子の王子とそれぞれの婚約者の知らぬところで、大人たちの思惑も複雑に絡まり合っていた。
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