6話 ふたりなりの方法

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6話 ふたりなりの方法

「アマンド、私が質問するから、回答を書き留めてね」 「分かった。予備の筆記具も、ちゃんと持ってきたよ」  夏になり、ノエミとアマンドは、両国の大使たちとの質疑応答に挑もうとしていた。  まずはソートレル語を習得したノエミと、ソートレル国の大使夫妻との会談だ。  大使館への引率者として、クレメンテがついてきている。  ノエミとアマンドは、まだ両国について学び始めたばかりだ。  もしかしたら知らない内に、失礼をしてしまうかもしれないとふたりが危惧していたのを、クレメンテが聞きつけたのだ。  ふたりの不安を払拭するために、何か問題があったときの調停役を、クレメンテが買って出た。 「ようこそ、アマンド王子殿下、マリーン公爵令嬢」 「お会いできるのを、楽しみにしておりましたわ」  大使館の入り口で出迎えてくれたのは、緑色の髭が見事な大使と、黄緑色の長い髪が美しい奥方だった。  クレメンテによると、大使はソートレル国の高位貴族の出身だと言う。  それにも関わらず、こうしてノエミたちに気さくに挨拶をしてくれるのは、サンターナ王国への親和の証だろう。 (ソートレル国では、緑色の髪の人が多いとあったわ)  握手を交わしながら、さっそく学んだ知識を目の当たりにして、ノエミは気分が高揚する。  案内された応接室にて、夫妻はノエミたちの質問に丁寧に答えてくれた。   「我が国に、これほどの興味を持ってもらえて、光栄です」  ソートレル国のお菓子でもてなされ、場はたいへん盛り上がった。  にこやかな大使に、ノエミは最後の質問をする。 「これは、無ければ無いほうがいい質問なのですが、国元で今、困っている出来事はありますか?」 「う~む、無いと言えたらよかったのですが……実はソートレル国では、人口の減少が問題になっています」  思いがけない回答だった。  大使は髭に手を当て、悩ましそうな顔つきをする。 「今はまだ緩やかですが、早めに対策を取らなければ、いずれ国を揺るがす出来事になるでしょう」  そこで時間切れとなり、ノエミとアマンドは大使館を辞した。  帰りの馬車の中で、最後の回答について、ふたりは話し合った。   「資料からは読み取れない問題だったわ。私はどちらかと言うと、貧富の差について困っているだろうと思っていたのに」 「大使にとっては人口の減少のほうが、問題視するに値する出来事だってことだね」  考え込むノエミとアマンドを、クレメンテが温かく見守っている。  ふたりは勉強を通じて、助け合い、絆を深めていた。   「この質問、かなり良問だったんじゃないかしら? フォルミーカ国の大使にも聞いてみましょうよ」 「資料だけでは分からない部分が、もっとありそうだよね。そう言えばレグロたちは昨日、ソートレル国へ旅立ったそうだよ。僕たちも訪問する?」  これに何と答えるのか。  クレメンテが興味深くノエミを注視している。 「私たちが両国へ訪問したとして、両国は素を見せてくれるかしら?」 「素?」 「アマンドはサンターナ王国の王子でしょ? 向こうは当然、篤くもてなすでしょ? そこに、その国の内情があからさまに出ると思う?」 「むしろ国を代表して来た僕たちには、痛い懐を探らせないだろうね」    ノエミの言葉にもアマンドの言葉にも、クレメンテは内心で舌を巻いた。 「もし両国を訪問するとしたら、それはお忍びでないと意味がないわ。私たちが知りたいのは、仮面をかぶった姿ではないもの」 「できれば変装して、そこに暮らす国民の声を、聞くのがいいかもね」  ノエミとアマンドは頷き合う。  ふたりの息はぴったりだ。  そして、そのやり取りにジッと耳を澄ませていたクレメンテを、ノエミは振り仰ぐ。 「クレメンテ先生、お願いできますか?」 「……冬までには、なんとかしてみましょう」    教えていたつもりのクレメンテは、己を恥じた。  ノエミもアマンドも、どちらも視点はすでに為政者だった。  両国を知るという二年目の試験において、真剣に実態を探ろうとしている。   (驚きました――ふたりの鋭さは、天性のものでしょうね)  これは二年目の試験の結果が、見えたかもしれない。  お忍びの許可を取りに行ったクレメンテは、ブラスにそう報告した。  ◇◆◇◆  ソートレル国の湖畔では、多くの富裕層たちが暑さを逃れ、長い休暇を満喫していた。  そこにレグロとオリビアも混ざって、夏を楽しんでいる。 「レグロさま、私、ボート遊びをしたのは初めてです」 「ボートでしか行けない場所があるんだ。そのために僕は、漕ぎ方を覚えたんだよ」  小さな二人乗りのボートが向かうのは、隠れ家のようなコテージだ。  レグロは今夜、そこでオリビアを抱くつもりだった。 「楽しみにしていてくれ。夕焼けがとても美しく見える場所だ」 「まあ、ロマンティックですね」    体の線が透ける、涼し気なワンピースに身を包むオリビアは、レグロへの供物のようだった。   (夕焼けを待てずに、身ぐるみを剥いでしまうかもしれないな)  そんな物騒な考えを微塵も感じさせず、レグロは紳士な態度を装う。  ボートを岸に寄せ、オリビアの手を取り、優雅にエスコートをする。 (オリビアも17歳になった。もう食べ頃だろう)  隣を歩くのが肉食獣と知らずに、オリビアははしゃいだ声をあげる。 「ソートレル国に来てから、こうしてレグロさまとふたりきりになれる場面が多くて、嬉しいです」 「僕もだよ。もっとこうしたふたりの時間を、持てたらいいと思っている」    両想いなのが分かって、オリビアが頬を染める。 (こうして初心なところを見せるが、すっかりオリビアの体はできあがっている。そっと抱き締めるだけで股の間を濡らす、僕のためだけの最高の体に――)    たまらず、レグロは手に力がこもる。  そのままオリビアを引っ張り、腕の中で横抱きにすると、コテージへ向かって駆けだした。 「きゃ! レグロさま、急にどうしたのですか?」 「今日をふたりの記念日にしよう。オリビア、たっぷりと可愛がってあげるよ」    その言葉に、オリビアもハッと思い当たったのだろう。  恥ずかしそうに両手で顔を隠す。  見えている首筋が真っ赤で、レグロは早くそこに噛みつきたくて仕方がなかった。    その日、ふたりきりのコテージで、レグロは朝までオリビアを離さなかった。  ◇◆◇◆  体の関係ができてしまうと、そこからは坂を転がり落ちるように、ふたりの肉欲の日々が始まった。  王城にあるどちらかの部屋に籠り、勉強をするという名目で人払いをすると、レグロとオリビアは何度も情交に及んだ。  若いふたりは興味の赴くままに、いろいろな体位を楽しみ、覚えた性戯を試した。  そして冬が来ると、フォルミーカ国の景勝地へと旅立つのだった。  周囲には、勉強熱心だという噂を残して。  同じ頃、ノエミとアマンドもまた、フォルミーカ国にいた。  サンターナ王国内で会ったフォルミーカ国の大使によく似た、赤茶色の髪と褐色肌の人々が行きかう市場の中で、平民の恰好をしたふたりは買い食いを楽しんでいる。 「豊かな穀倉地帯を持つだけあって、小麦でつくられたパンや麺が、安くて美味しいわね」 「その小麦を輸出して得た外貨で、国民の生活が豊かになってはいるけれど、ちょっとこの人の多さは……」  過密すぎる、という言葉をアマンドは飲み込んだ。  先ほどからノエミもアマンドも、人の波に押されて、立ち止まることもできない。  仕方なく、歩きながら手に持った物を食べているのだ。 「長らく令嬢らしくない生活をしてきたけど、こんな経験は初めてよ」 「ノエミが楽しそうだから、よかったよ。僕はちょっと人酔いしてきたかな」  周囲には護衛がまぎれて付いてきているはずだが、離れ離れになったとしても分からないだろう。   「フォルミーカ国の抱える問題が、見えてきたわね」 「不愛想だったフォルミーカ国の大使は、困っている出来事は特に無い、なんて回答したけど、おそらく僕たちに隠したんだよ」    ふたりは顔を見合わせて頷く。  実際に、現地へ足を運んだ甲斐があった。 「さて、次はソートレル国に行きましょうか」 「あちらは人口減少が問題と言っていたから、こちらとは真逆なんだろうね」  食べ終えたふたりは自然と手をつなぐと、人の流れをかき分けて進む。  しっかりと自分たちの眼で、真実を見るために。
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