116人が本棚に入れています
本棚に追加
7話 結果に大差がつく
二年目の試験の日がやってきた。
去年と同じく、クレメンテを含む審査官が並ぶ試験会場へ、ノエミとアマンドは案内される。
資料の持ち込みを許可されていたので、ふたりは手書きの日誌を持ち込んだ。
それは、お忍びで旅をした両国で、実際に眼にした出来事を書き連ねたものだった。
「それでは試験を始めます。まずはソートレル国について――」
審査官から尋ねられる質問に、ノエミたちは淀みなく答えていく。
その姿は、一年目の試験とは別物だった。
顔には出さないが、クレメンテは内心で感動していた。
試験に臨席しているブラスも、驚きを必死に押し隠している。
それほどの成長を、ふたりは遂げていたのだ。
「では、続いてフォルミーカ国について――」
審査官のほとんどが、ソートレル国の問答については満点をつけていた。
中には、満点以上の点をつけている審査官もいる。
資料からは決して読み取れない、国の内情に迫った回答へ感心したからだ。
「おふたりがそのように感じたのはどうしてか、説明できますか?」
少し突っ込んだ質問がなされる。
これは審査官の期待の現れだった。
ノエミとアマンドは、手元の資料を見直す。
そして指摘のあった部分を確認して、ノエミが先に答えた。
「造設を繰り返された建物が、あちこちにあったんです」
あくまでもこれは、ふたりが見てきた事実から、導き出した所論だ。
だから交互に回答する。
続けてアマンドが口を開いた。
「それも、できるだけ建物を上へ上へ、高く伸ばそうとしていました」
「私たちが観察できたのは市場の周辺だけでしたが、それでも随分と建物が密集していて……」
「そうしたことから、フォルミーカ国は穀倉地帯を広げ過ぎたせいで、人が住める土地が少なくなってしまったのだと判断しました」
ノエミとアマンドの推測に審査官が頷く。
合点のいく内容だった。
そして間違いなく、三年目の試験へと繋がる回答だった。
「これで試験を終わります。点数の開示は後ほど」
ノエミとアマンドは、一礼をして退室した。
その後の試験会場では、審査官たちが集まって、点数を合算する。
「度肝を抜かれましたよ。アマンド殿下とノエミ嬢は、いつの間にあんなに――」
「私は満点以上をつけましたね。あの回答には完敗しました」
クレメンテの耳が拾った審査官の呟きだけでも、ノエミとアマンドへの評価は高かった。
そしてそれらは、ハッキリと点数になって現れる。
(ここまで歴然としましたか。三年目は荒れそうですね)
満点以上を取ったノエミとアマンドに対し、レグロとオリビアの点数は五割もなかった。
◇◆◇◆
「きっと、レグロ王子殿下と過ごす時間が楽しくて、オリビアは浮かれすぎたのでしょう。我が家で預かり、家庭教師の手によってきちんと再教育します」
マリーン公爵にぴしゃりと断言され、王城に与えられた部屋から、オリビアは実家へと連れ帰られた。
レグロもさすがに反省する。
点数が五割に届かなかったのは失敗だった。
あれほど勉強していたのに不思議ね、と周囲からいぶかしがられ、下手な言い訳もできない。
勉強をしていたはずの時間はすべて、淫行にふけっていたのだから。
「まさか兄上とノエミが、あんなに高得点を叩き出すとは。僕も舐め過ぎていたよ」
ソートレル国とフォルミーカ国への質問に対して、レグロとオリビアは、表面的な回答しかできなかった。
外遊と言いつつ、興味があるのはお互いの体にだけ。
滞在していた両国では視察もろくに行かず、朝から夜まで貪りあっていれば、当然の結果と言えた。
「オリビアとも引き離されたし、しばらくは真面目にするか。……それにしてもノエミは、また美しくなっていたな。兄上はどうやって、勉強と性欲を両立させているんだ?」
ノエミとアマンドの間には、体の関係なんて無いのに、レグロはそれを疑いもしない。
それほど、今のノエミの外見は魅力的なのだ。
「妬ましいな、兄上のくせに。ノエミのあの切れ長の眼差しで、きつく睨まれてみたいものだ。気の強い女を抱くのは、どんな感じなんだろう」
いつも従順なオリビアに、少し食傷気味だったレグロの関心が、俄然とノエミに向けられる。
「僕が国王になったら、ノエミを愛人に指名しよう。オリビアとの間に子が生まれなければ、三年後には公妾を迎えてもいい法律があったはずだ」
ニヤリと口角を持ち上げる。
「兄上に意趣返しもできるし、僕はノエミを手に入れられるし、いいことだらけだ。これは何としても、三年目の試験は物にしなくてはいけない」
ノエミはレグロに眼をつけられてしまった。
しかし、レグロを警戒しているアマンドによって、鉄壁の防御の中で護られているため、ノエミはそれに気づく機会はなかった。
◇◆◇◆
「お父さま、ひどいわ……レグロさまと、離れ離れにするだなんて」
「そうは言うが、あの試験の点数は何だ? あれではとても、王妃にはなれないぞ」
マリーン公爵家では、ぐずぐずと泣き崩れるオリビアに両親が手を焼いていた。
「オリビアちゃん、分かってちょうだい。お父さまもお母さまも、苦渋の決断だったのよ」
「月に一度は会えるのだから、それで我慢しなさい。たったの一年間じゃないか。試験が終われば婚約者として、ずっと一緒にいられるんだ」
「三年目の試験でオリビアちゃんが負けてしまうと、あの女の娘が王妃になってしまうわ」
「それだけは許されん! 王妃になるのは絶対にオリビアだ!」
さんざん説得され、嫌々ながらも承知したオリビアだったが、しばらくすると爛れた生活の弊害がでてきた。
(なんだか、体が疼くわ……今までだったら、すぐにレグロさまが、慰めてくれたのに)
体の中に熱がこもったように火照り、湿っぽい吐息が口から漏れる。
自分で触ってなだめようとしても、レグロが導いてくれるように、うまく達することができない。
(どうしたらいいの? こんなとき……私、分からないわ)
勉強がまるで手につかないオリビアは、恥を忍んで泣きながらパメラに相談した。
「お母さま、あのね……」
オリビアの話を聞いたパメラは、絶叫しそうになった口を手のひらで押えて、喉元までせり上がった声を飲み込む。
これは絶対にマリーン公爵にバレてはいけない案件だ。
婚前交渉なんてパメラたちも当然のようにしていたが、溺愛する娘が早々に傷物にされたと知ったら、マリーン公爵がどう豹変するか分からない。
「お母さまに任せなさい。お父さまには絶対に秘密にするのよ」
◇◆◇◆
オリビアにきつく口止めをしたパメラは、その筋の友人を訪ねる。
そこでは、決してオリビアの名前を出してはならない。
将来の国母の、汚点となるからだ。
泥をすべて自分が被るつもりで、パメラは希望通りの人物を見繕ってもらう。
「やっと貴女も後ろの良さが分かったのね。これで私たちは仲間よ」
にこやかに笑う友人には、紹介料としてかなりの大金を支払った。
そうまでしてパメラが見つけてきたのは、24歳の男娼だった。
波打つ赤い長髪と人懐っこい茶色の瞳、貴族ではないので苗字がなく、青年はただのホセだと名乗った。
友人と同じ趣味のホセが相手をするのは、もちろんパメラではなくオリビアだ。
お墨付きはあるものの、パメラは念のために確認を取った。
「ホセ、本当に女性の膣には興味がないのね?」
「絶対に前へは手を出しません」
「あの子は将来、王妃となるの。万が一が起きたら、その首が飛ぶわよ?」
「分かってます」
何度も脅しをかけ、ようやくホセを信じたパメラは、オリビアが自慰では極められず、欲求不満で勉強が手につかないのだと説明した。
持て余した熱をうまく発散してやり、勉強に集中させて欲しいと頼む。
「契約期間は一年間。マリーン公爵には、護衛を雇ったと伝えます。ホセも普段は、そのように振る舞ってちょうだい」
本来の出番がくるのは、オリビアが求めた場合だけ。
ホセの側から誘ってはならないし、どこまでするのかもオリビアが決める。
入れていいと言われたら、必ず後ろに入れること。
それらの約束事を契約書に記し、お互いにサインを入れる。
「もしも夫に正体がバレたら、楽には死なせてもらえないわ。気を付けてちょうだい」
「……はい」
大金につられて引き受けたが、ホセが思っていたよりも、命の危険があるようだ。
しかし、平民のホセにとっては、高嶺の花である公爵令嬢を抱ける、美味しい仕事に変わりはなかった。
こうしてオリビアには、秘密の護衛がついた。
レグロがオリビアの体を開発しすぎたせいなのは、皮肉であった。
最初のコメントを投稿しよう!