8話 三年目に試される政治力

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8話 三年目に試される政治力

「政治力って、今までの試験に比べて曖昧よね?」 「クレメンテ先生、もっと具体的に教えてください」  ノエミとアマンドは、今日も仲良く並んで座り、クレメンテの授業を受けている。  もうこの光景は、すっかりお馴染みのものだ。  メガネをくいと持ち上げ、クレメンテが解説を始めた。 「これまでに調べたソートレル国とフォルミーカ国が、もしも敵対したらどうするか、という課題が発表されましたね。そしてこれを、政治力で解決するのが三年目のテーマです」 「政治力というのは、軍事力ではないわよね?」 「仲裁力かもしれないよ?」    ノエミとアマンドは、首をかしげ合う。  一緒にいる時間が長いせいか、ふたりは動作が似ている。 「政治とは何か、について少し話をしましょう。ソートレル国やフォルミーカ国に比べたら、我がサンターナ王国は大きな国です。ですが、接する両国間に戦争が起きれば、少なからず負の影響を受けるでしょう」  うんうん、と頷きながら、ふたりは静かに聞く。 「負の影響を避けるために動くのが政治です。ただしこれは、サンターナ王国における政治であって、ソートレル国とフォルミーカ国には、また違う政治があります」  ノエミとアマンドの顔つきが変わってきた。  なんとなくだが、概念を掴んできたのだろう。   「おふたりに考えてもらいたいのは、サンターナ王国の政治です。これは将来、サンターナ王国の舵取りをするであろう国王陛下と王妃殿下になるための試験ですから。さて、おふたりがその立場にあったら、どのようにこの問題を解決しますか?」 「なんとなく分かってきたわ、アマンド」 「僕も、うっすらとだけど」  そこからは、ノエミとアマンドが向き合ってしゃべり出す。 「両国間の戦争を、煽るのも止めるのも、政治なんだわ」 「サンターナ王国へ、どういう影響を及ぼさせるかを選ぶのも、政治だよね」 「もしも両国が対立するとしたら、何が原因だと思う?」 「それぞれが抱えてる問題だね。その解決策が戦争なんだよ」    ソートレル国とフォルミーカ国へ足を運び、国民の声を聞いたふたりは、すでに両国の問題を正確に把握している。  人口の減少と手狭な国土。  しかしその裏には、不況と好況が隠されている。 「芸術を重視するソートレル国では、少しでもいい芸術学校へ子どもを通わせようと、親は無理をして教育に資金を注入していたわ。それこそ貧富に関係なくね」 「そのせいで、貧しい者ほど子どもを育てられず、必然的に人口が減っていた」 「結果、新たなブームを牽引する芸術家が生まれず、ソートレル国は不況に陥ったのよ」    ノエミとアマンドが見抜いたソートレル国の問題点はそれだった。  豊かな者しか子どもを育てられず、近年その中から大物が傑出していない。  ソートレル国の輸出は、芸術の分野が多くを占める。  ゆえに今、ソートレル国は輸出するものがなく、外貨が得られない状況なのだ。 「逆に好況なのはフォルミーカ国だわ。国土のほとんどを整地して、広大な穀倉地帯を設けた。おかげで小麦の輸出は順調、国民の生活も豊かになったわ」 「その犠牲として、住む場所が少なくなった。国民は残されたわずかな平地で、ひしめくように生活をしている。いずれ不満が噴出するだろうね」    両国の問題が出そろった。   「アマンド殿下、ノエミ嬢、考え方が分かってきたようですね。緊迫した両国間に対して、サンターナ王国はどのように政治力を働かせるべきでしょうか?」  最後にクレメンテは重要事項を付け加えた。 「三年目の試験は、途中経過の報告が義務づけられています。四カ月ごとに審査官の前で、学習の進捗状況を発表する場面がありますので、それまでに見解をまとめておいてください」  授業は終わったが、アマンドはノエミの部屋に残り、試験について話し合う。   「王太子を選定する試験らしくなってきたよね」 「ええ、具体的な国名をつかって模擬戦争まで起こすなんて、本気度が感じられるわ」 「ノエミ、これは本当に模擬戦争なんだろうか?」  アマンドがノエミの灰色の瞳を見つめた。  その真剣な青いまなざしに、ノエミはどきりと心臓が跳ねる。 「どういう意味?」 「僕には、すでに臨戦態勢に入っているように思える」 「え……」 「おそらく仕掛けるのはフォルミーカ国だ。なぜなら好況のおかげで、彼らは軍資金の調達に困らない。そして狙うのはソートレル国の領土、きっと住みやすい平地が欲しいんだ」  アマンドが机の端から地図を引っ張り出す。  ノエミの部屋には、いつでも勉強ができるように、ある程度の資料が置きっぱなしにしてある。 「フォルミーカ国とソートレル国は、この辺りで国境が接している。もし攻め込むなら、進軍するのはこの場所しかない」    アマンドが指で押さえた地点を、ノエミも覗き込んだ。  そこはサンターナ王国にもほど近い。  もしも戦争が勃発したら影響は不可避だろう。 「僕たちが、それぞれの大使を訪ねたときの、対応を覚えているかい?」 「ソートレル国の大使は友好的で、丁寧にもてなしてくれたわ。逆にフォルミーカ国の大使はそっけなくて、私たちを子ども扱いしていた」 「ソートレル国は、サンターナ王国と仲良くしておきたいんだ。フォルミーカ国に襲撃されたとき、助けてもらいたいから」 「じゃあ、フォルミーカ国は……サンターナ王国と距離を置きたいのね? 下手な仲介をされたくないから」  その通り、とアマンドが頷く。  ノエミは握りしめた拳に、汗がにじむのを感じた。 「これは、試験の題材ではなく現実の戦争なの?」 「幸い、まだ始まってはいない。そして、僕たちの考えを発表することで、未来を変えられるかもしれないよ」  アマンドが、可能性を示唆する。  今はそれに賭けるしかない。 「どうしたらいいのかしら? 私たちが把握している両国の情報を、うまく使わないといけないのよね」  それからノエミとアマンドは、夜更けまで白熱した意見を交わした。  しかし、ノエミがあくびを噛み殺したのに気づいたアマンドが、長居を詫びて部屋を辞す。 「そろそろ眠くなったね。おやすみ、ノエミ。僕が出たら、すぐに鍵を閉めてね。盗人が徘徊してるらしくて、ちょっと物騒だから」 「そうなの? 分かった、気を付けるわ」  アマンドは扉の外で、ノエミが鍵をかけた音を確認してから、部屋の前を離れた。  だが、しばらくも歩かない内に、弟のレグロと出くわす。 「やっぱり、こんな夜更けまでノエミの部屋にいるってことは……」  何かを呟いているレグロを無視して、アマンドは横をすり抜ける。 「待ってよ、兄上。そんなにあからさまに、避けなくてもいいじゃないか。たまには話でも――」 「僕には話すことなんてない。お前の狙いはノエミだろう」  けんもほろろなアマンドの態度に、レグロも肩をすくめて本性を現す。 「なんだ、バレてたのか。いい女になったよな。城壁みたいな平らな体してたのに、今じゃメリハリがついてさ」  くくっと笑うレグロを、アマンドは射殺すように見る。  そして釘を刺した。 「ノエミに手を出したら許さない。弟でも容赦せず潰すからな」 「な、なんだよ、兄上らしくないな。いつも、おどおどしてたくせに……ちょっと試験で高得点を取ったからって、いい気になってるんじゃないのか?」    レグロを置き去りに、アマンドはさっさと自室へと向かう。  その背中へ向かって、悔し紛れのレグロが喚く。 「兄上と僕と、どっちが上か、三年目で分からせてやる!」  完全に負け犬の遠吠えなレグロの声は、もうアマンドには届かない。  見えなくなったアマンドの後ろ姿へ、舌打ちをするレグロ。 「二年目が好成績だったのは、たまたまだろ? それなのに兄上は、僕に勝ったつもりでいるのか?」    アマンドの反抗的な態度が、レグロの癇に障る。  以前は肩と背を丸めて、日陰者のように歩いていたアマンドだったが、ノエミと手をつなぎ始めてから、背筋を伸ばし胸を張るようになった。  ノエミの隣を歩くのに、相応しくあろうとした結果だった。  しかしそんな仕草が、プライドの高いレグロを逆なでしていた。 「兄上よりも、僕のほうが優秀なんだ。ノエミだってきっと、そう思ってるに決まっている」    出会いから三年が経ち、ノエミはもうすぐ18歳だ。  物の道理が分かる年頃だろう。   「どちらが王太子として皆に望まれているのか、ノエミも王城内の噂くらい聞いているだろう。媚びを売る相手は僕だって、教えてやらなくちゃ」  それからレグロは、周囲に人気が無いのを確認して、ノエミの部屋に忍び込もうとするが、しっかり鍵のかかった扉に拒まれ、夜這いを断念させられるのだった。
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