9話 厄介事の予感しかない

1/1
前へ
/18ページ
次へ

9話 厄介事の予感しかない

 最初の四カ月が過ぎた。  審査官たちの前で、この四カ月の間にまとめた考えを、発表する日がやってきたのだ。    ノエミとアマンドが招集された場所は、いつもの試験会場だった。  ふたりの前には、先に発表を行うレグロとオリビアが並んでいる。  何やら身を寄せ合い、こそこそと話し合っているのが見えた。 「オリビア、ずっと会えなかったけど、寂しくなかった?」 「寂しかったです。でも、しっかり勉強に身が入るようになって、お父さまやお母さまには褒められています」 「そ、そうか。僕はなかなか、勉強に集中できなくてね……」  オリビアが案外、落ち着いていて、レグロは驚く。  レグロは警告されたにも関わらず、何度もノエミに会いに行っては、アマンドに追い返されていた。  そうした兄弟仲の悪さに加えて、うまく性欲の発散ができずイライラし、最近は精神的にもよくないと感じていた。  毎月一度あるオリビアとの逢瀬は、勉強そっちのけで房事にふけっているが、そんなものではレグロはとても満足ができない。  何しろ離れ離れになるまでは、連日オリビアと愛の交歓をしていたのだから。   (参ったな……これではまともに、三年目を戦えそうにない。ここは、悪友たちの知恵を借りるか)  婚約者とのキスの味を自慢していた悪友たちには、一足先に味わった女体の良さを自慢し返した。  それ以来、悪友たちも婚約者をなんとか口説き落とし、ぞくぞくと大人への階段を上ったそうだ。 (あいつらだって、毎日、婚約者とやれるわけじゃないだろう。どうやって悶々としたものを発散させているのだろう)  悩ましい顔つきをしていたレグロだったが、側近のブラスに名前を呼ばれ、オリビアをエスコートして試験会場へ入る。  今日は試験ではなく、発表をするだけだ。  しかし、それでも何らかの対策は必要だったようだ。  まったく答えられないレグロに代わり、審査官との受け答えは主にオリビアが担ってくれて、なんとか体裁を保てた。   (次の発表までに、こっちも何らかの手を打たないとまずいな。兄上とこれ以上、差をつけられる訳にはいかない)  発表が終わったレグロたちが席を立つと、次に会場に呼ばれたのはノエミとアマンドだ。  ふたりとすれ違いざま、レグロは翡翠色のドレスを着たノエミの全身を盗み見る。 (やはり、いいな。体中から、匂い立つような女の色気が出てる。無理やり押し倒したら、ノエミはどんな顔をするだろう)  想像すると、ごくりと喉が鳴る。  すでに起き上がりかけた下半身がバレないように、レグロはオリビアを自室へと招き入れる。  これから発表の反省会と称して、夜までいけないことをするつもりだ。 (これでしばらくは我慢ができる。しかし、それもいつまで保つか……)  レグロは久しぶりのオリビアの体を貪りながら、すぐに悪友たちへ連絡を取ろうと決心した。  ◇◆◇◆ 「レグロ殿下は、何やら様子がおかしかったですね」 「うむ、ほとんどこちらの質問に答えず、オリビア嬢ばかりが発言していた」 「それに比べて、アマンド殿下とノエミ嬢は、よく協力し合っていました」 「ふたりで考えて答えを出していたのが、印象的でしたな」  発表後、審査官たちはそれぞれの感想を言い合う。  クレメンテも、レグロの腑抜けっぷりには、言葉を失ったひとりだ。 (よほどオリビア嬢と離されたのが、ショックだったのでしょうか。しかし、オリビア嬢はしっかり勉強をしていたようだし……)  その答えを知っているのは、今はここにいない者だけだ。   「ではまた、四か月後に開催しましょう」 「そのときにはレグロ殿下も、もう少し発言してくれるといいですね」 「このままでは、評価は下がる一方です」 「さすがに王太子の座を、簡単に諦めたりはしないでしょう」  その場で解散となり、クレメンテも司書の仕事へ戻ろうとしたが、そこをブラスに呼び止められる。 「クレメンテ、執務室へ来てくれ」 「いつもの報告ですか?」 「……王妃殿下から、話があるそうだ」  ブラスの渋い表情に、これは間違いなく厄介事だ、とクレメンテにも分かった。  すまんな、と謝るブラスは何も悪くない。  クレメンテは大人しく、ブラスと一緒に王妃の待つという執務室へ向かった。  ◇◆◇◆ 「不公平ではないですか? 聞けばレグロは、一度も教官からの授業を、受けていないと言うでしょう? それではアマンドとの差が生まれるのも当然です。これは公平を期する試験のはずですよ。直ちにレグロにも、同じ条件を整えなさい」  キーキーと囀る王妃に、ブラスもクレメンテも、ただ頭を下げ続けた。  一通り文句を吐き出し、ようやく満足した王妃が口を閉じた隙に、ブラスが反論を試みる。 「王妃殿下、予定に空きがあれば、いつでもクレメンテは対応するでしょう。しかし、これまでにレグロ殿下からの希望が無く――」 「あの子は遠慮しているんですよ、きっと。臣下ならばそれを慮って、こちら側から申し出るべきでしょう?」  これは話にならない、ブラスの顔にそう書かれていた。  それを読み取ったクレメンテは、自分から進言する。 「かしこまりました。私からレグロ殿下に声をかけます。それでよろしいでしょうか?」 「最初からそうしていればいいのよ。これまでのレグロは不当な扱いを受けたせいで、実力を発揮できなかっただけです。レグロが劣勢のままならば、私から国王へ、この試験はインチキだったと訴えます」  面倒なことになった。  ブラスもクレメンテも、そう思った。 (どうやら王妃殿下は、レグロ殿下を推しているようですね。アマンド殿下も自分の息子でしょうに……)  クレメンテは心の中で溜め息をつく。 「今すぐ、レグロと話をしなさい!」  そう王妃からの命令を受け、クレメンテはレグロの部屋へ出向いたのだが、なぜか取り次ぎを断られてしまう。   「レグロ殿下は今、オリビア嬢と勉強中ですので、どうかご遠慮ください」 「そう言われましても、こちらも王妃殿下から命じられているのです。今すぐレグロ殿下と話をするようにと……」  扉の前でもめていたのが、中に伝わったのか、苛立ちを含んだレグロの声がした。 「おい、うるさいぞ! 何をしているんだ!」 「それが……王妃殿下から遣わされた者が来ておりまして」 「母上から? それは今じゃないと駄目なのか?」 「どうやらそのようです。どうされますか?」 「……分かった。しばし待て」  レグロがオリビアにも、何か話している様子が伝わる。  クレメンテはかなり待たされた後、レグロの部屋へと通された。  そこにオリビアの姿はなく、怒りを露わにしたレグロだけが、横柄な態度でソファに腰かけていた。  いつも整えられている黒髪はボサボサで、先ほどまで試験会場で着ていた服から、なぜか簡易なローブへと変わっているレグロ。  それを見てクレメンテは腑に落ちた。 (ははあ……レグロ殿下は、色ボケしていたのですね。それで点数があんなに……)  疑問が解けて、心なしかすっきりしたクレメンテに、レグロが詰問する。 「それで? 母上は何だって、審査官を僕の所へ寄こしたんだ?」  レグロの中では、クレメンテは審査官のひとりなのだろう。  そこからまず、訂正をしていかなくてはならない。 「私はクレメンテと申します。審査官でもありますが、王子殿下たちの教官も務めております」 「教官? ああ、そう言えば、いたな。そうか、お前がそうだったのか」  レグロは興味もないのだろう。  どさりとソファの背もたれに寄り掛かると、鬱陶しげに前髪をかきあげた。 「どの道、僕には関係ないけどな」 「王妃殿下が心配されておりました。レグロ殿下が不調なのは、私の授業を受けていないせいではないかと――」 「ははっ、笑わせる! お前がどれ程のものだと言うのだ」 「私自身、それ程だとは思っていません。ですが、レグロ殿下の成績不振については、まぎれもない事実です」  ぎろり、とレグロがクレメンテを睨みつけた。  図星を突かれるのは、誰しも嫌なものだ。 「母上に伝えよ。次回の発表の場では、必ず審査官を唸らせてみせます、とな!」 「では私の授業は――」 「いらぬ。もう下がれ!」 「……かしこまりました」  クレメンテの仕事はここまでだ。  寝室へと消えていくレグロに、一礼をして部屋を出た。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

115人が本棚に入れています
本棚に追加