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「私、半年前に近くへ引っ越してきたんです。それで仕事帰りにフラっとここへ入ったら、マスターがとてもいい方で……思わず、長話しちゃったんですよね」
「彩女さんのお話は、とても勉強になりますからね。さすが、普段から大企業の経営陣と接しているだけのことはありますよ」
「そんな……マスターこそ経営に関する知見が深くて、いつも刺激をいただいていますよ。私も、まだまだだなぁって」
武内くんが、キョトンとしながら私たちの会話を聞いている。
「あ、私、経営コンサルタントをしているんです」
「そうなんですか。経営コンサルタントって、難しそうなお仕事ですね。涼介さんは詳しいみたいだけど、僕は経営とか経済とかには疎くて」
「大学では、なにを専攻していたんですか?」
「人間科学です。哲学とか心理学とか、いろいろと、ごった煮みたいな感じで……あ、すみません」
お店の電話が鳴って、武内くんが子機を手に取った。
「はい、MISTERO……あ、のどかさん」
確かそれは、マスターの奥様の名前。そっか。マスターは仕事中、自分のスマホをしまっているから……だけどわざわざお店に電話をしてくるなんて、なにかあったのかな。
心配そうな表情で、マスターが子機を受け取る。
「のどか、どうしたの? 店はもうすぐ閉める……え、熱?」
その言葉に、私は武内くんと顔を見合わせる。
「うん、うん……分かった。すぐに帰るから。体を冷やさないようにね」
通話を終えて子機を置いたマスターが、困り顔で頭をかいた。
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