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(3)
王太子たっての要望により開かれることになった舞踏会。その最高責任者であるアレクは、ぶっ倒れそうなほど忙しい。それにもかかわらず王太子は、当日までに髪を切った方がいいだろうかだとか、当日のパンツの色は何色にすべきだろうかだとか、くだらない質問をアレクに投げ続けていた。
「いい加減にしてくれ。君の誕生日の準備をしているのに、邪魔をされては進むものも進まない」
「邪魔って言われた! ひどいっ。俺はこんなにアレクのことが大好きなのに!」
「まったく、君が何を考えているのかわたしにはよくわからないよ」
こんなとんでも企画を言い出した挙句、すべてこちらに放り投げているのだ。協力するだけでも、ありがたいと思ってもらいたい。ここしばらく寝不足で苛々していたせいだろうか。アレクは舌打ちをすると、衝動的に執務室を飛び出してしまった。後ろの方で、「アレク、待ってくれ」というか細い声が聞こえたような気もするが知ったことではない。
部屋を飛び出してきたものの、アレクに仕事をサボるという発想はなかった。やるべきことは多い。現状に納得いかなくても、時間は待ってくれないのだ。アレクは庭師に確認を取っておこうと、王宮の薔薇園に足を踏み入れた。
舞踏会では出席者に赤と白の薔薇を渡す予定になっている。王太子妃の座を望む令嬢には赤色の、望まないものには白色の薔薇を胸元につけてもらうのだ。だがどうしたことか、薔薇園の花の色には偏りが生じていた。驚きに目を見開きながら、アレクが考え込む。
「色の設定を逆にするべきだろうか。だが花言葉を考えると……」
「アレクさま、問題ありません」
「だが、王太子の花嫁を決めるのだぞ?」
「心配ご無用ですとも」
「その昔、薔薇の花を殿下と一緒にむしったことがあるが。それが発育に影響したのか?」
「単に時期の問題ですよ」
アレクの心配を老いた庭師が笑い飛ばした。薔薇のジャムが美味しいらしいと王太子に伝えたのは、幼い日のアレクだ。そのとき王太子は、「アレクが美しいのは、薔薇を食べているからなのか。よし、俺も今日から薔薇を食べるぞ!」と張り切って薔薇園に出かけたのだ。「美味しいらしい」と伝えただけで、「美味しい」などと言った覚えはないのだが、思い込みの強さと、思い切りの良さは昔から変わらない王太子である。
そのまま勢いよく手当たり次第に薔薇の花を摘んだせいで、隣にいる庭師は腰を抜かしたのだったか。その後、薔薇園を大事にしていた王太后陛下に大目玉を食らったことも懐かしい。
「絶対に大丈夫ですから」
疑問に思いつつも、アレクはそのまま厨房に行くことにした。好き嫌いの多い王太子のために、当日のメニューについても事細かに指示を出しておく。結局王太子の好き嫌いは直らずじまいだったな。乳兄弟として反省していたアレクは、りんごと格闘する厨房の面々と目があった。
「りんごを使ったデザートがここまで揃うのは圧巻だな」
「こちらは、王太子殿下の鍛錬によるものでして」
「は?」
「お誕生日当日までに、りんごを片手で握りつぶせるようにと励んでおられます。さらにりんごを無駄にしてはいけないと、我々にりんごを使った料理の開発をお命じになったのです」
「はあ?」
料理長の説明に、アレクは首を傾げた。誕生日までにりんごを握りつぶせるようになる必然性もわからないし、勿体ないと思うのであればそもそもりんごを潰すような真似をしなければ良いのではないか?
「やはり男のロマンですな」
男というのは、りんごを片手で潰せるようになりたいものなのだろうか。騎士団長であるアレクの一番上の兄はりんごを片手で潰せるし、それを王太子と一緒に見てはしゃいだ記憶もあるが……。王族に必要な能力だとは思えない。王太子は政敵の前でりんごを握りつぶすパフォーマンスでもやるつもりなのか?
令嬢を集めて舞踏会を開いたり、りんごを片手でつぶしたり、男のロマンというのは難しい。混乱したまま、アレクは出来立てのアップルパイの味見をする。ほんのりと香るシナモンの匂いに気を取られていたせいか、うっかり口内を火傷してしまった。
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