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上あごと舌がじくじくと痛い。身体の内側に響く痛みは、先日からずっとアレクの中にあるもやもやの存在を思い出させる。気持ちが落ち着かなくて、アレクは中庭の木に登った。ここは叱られたときのアレクと王太子の避難場所だ。
薔薇の花を大量にむしった時も、りんごを握りつぶす練習をしていてアレクが目標を達成したものの、王妃殿下のドレスを汚してしまった時も、ふたりは叱られたあとはここで気持ちを落ち着かせていた。
『ごめん、アレクまで巻き込んで』
『かまわないさ。ほら、クッキーでも食べて元気を出せ』
『俺、アレクのこと一番信用してる。アレクには、内緒ごとなんて絶対しない』
『わたしもだよ』
王太子がふてくされていたときはアレクがなだめて、アレクが泣いていたときは王太子が慰めて……。大事な思い出のはずなのになぜか苦しい。
なんだかんだ言ってアレクは、親友のことが大好きだ。彼が望むのならば、なんとかして叶えてやりたいと思ってしまうほどには、大切な存在だった。
――好きな女の子に可愛い格好をしておめでとうって、言ってほしいのはわかるだろう?――
「あれが本音なのだろうな」
貴族の未婚のご令嬢全員を集めて舞踏会を開きたい? 急にそんなバカなことを言い出すなんておかしい。男のロマンなんかで片付けられるわけがないのだ。歴史の浅い成り上がりか、派閥の異なる家門の娘か。それとも懸想する相手には相思相愛の男でもいるのか。
「だが、教えてもらえないのでは協力のしようがない」
いっそ本命がわかれば、自分がフェアリーゴッドマザーの役を買って出るのに。
「殿下もいつの間にか大人になっていたということか」
同い年にもかかわらず、手のかかる弟のようだった王太子。成長するにつれて、弟は親友になり、かけがえのない相棒になった。胸の痛みの理由はきっと、親友から大事なことを教えてもらえなかった寂しさゆえ。きっとそれだけだ。
「子どもなのは、わたしの方だったのだろうな」
アレクは小さくため息をついた。そこへひどく騒々しい音が聞こえてくる。両手にポットやら何やらを抱えた王太子が走っているのが見えた。
「やっぱりここにいたのか。見てくれ、前に飲んで美味しかった茶葉が手に入った! 舞踏会で客人たちに振る舞うには足りないから、俺たちで楽しもう!」
王太子の屈託ない笑顔を見ていると、やはりどうにかしてやらねばと思う。親友が道化の振りをして、意中の令嬢に会おうとしているのだ。自分も全力で協力してやろうではないか。のちのち、国王陛下やアレクの親兄弟に叱られることになるのだとしても。
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