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4.第2回!エクレア同盟
<第2回 エクレア同盟会議>
「なんか、ものすごく難易度が高い気がしてきた」
「わかるわ……まさかオジさまがあそこまで天然なんて……」
宿舎を訪れた次の日、朝早くから僕たちは学園のテラス席に座っていた。
母親とクライドの会話を盗み聞きしていたところ、僕らが描いたストーリーから想像以上にズレていることを知り、これは長い道のりになると察した。言いたいことがたくさんあり、放課後まで待っていたら爆発してしまいそうだった。そのため朝早くから学園に登校し、30を超えた2人の天然なやりとりに口々とツッコミを入れていた。
「しかも『アサリ同盟』ってなに?! 全然かわいくない!」
「怒るところそこなんだ」
「わたしたちは『エクレア同盟』ってかわいい名前つけてるのに!」
ぷりぷりと怒っている彼女を見て、「叔父さんとアナベルって遺伝子が似てるね」という言葉を飲み込む。
まさか自分たちの恋路を応援されるとは思わなかった。先ほど「オジさまとエレオノーラ様は似ている」とアナベルは言っていたが、痛感した。あの2人の関心は自分ではなく周囲にいる人間に注がれている。それが長所といえばそうなのだが、自分自身も大切にしてほしいと思っている自分たちからすればもどかしい思いだった。
『アサリ同盟』のネーミングセンスに一通り愚痴を吐ききったアナベルは、腕組みをしながら椅子に座った。そして力強い光を放ちながら言う。
「でもこれはチャンスだわ」
「チャンス?」
「えぇ、エレオノーラ様が宿舎に来ることへの口実ができたわ。さらに私たちが2人きりになっても特に怪しまれない……」
「そうか、あの2人を引き合わせることはできるのか」
「そう! たとえ最初はわたしたちの恋路を見守るためでも、会っていればいずれは惹かれ合うかもしれないでしょ!」
確かにそうだ。
自ら社交の場へ行かない母親を考えたら、月に何度か異性と会う機会は貴重だった。
目をきらきらさせながら熱弁するアナベルに微笑む。長い道のりかもしれないが、途切れたわけではない。そう思えば俄然やる気が出てきた。
そしてずっと気になっていた疑問を口にする。
「そういえば、母さんの印象はどうだった?」
「正直……」
ごくりと唾を飲み込んだ。
「わたしの理想だったわ」
「理想?」
アナベルは組んだ指を遊ばせながら言う。
「わたしってオジさまの姿をずっと見ていたからか、国のために働きたい気持ちがあってね。でもあの年齢の女性って、刺繍をしたり着飾ったり、夜はパーティとかすることが多いじゃない? それも大切なのは分かるんだけど、もっと直接的に役立つことをしたかったの。
だから、領地の民のために働くエレオノーラ様はわたしの理想だなって思ったわ」
アナベルの言葉に、自分の目頭が熱くなるのを感じた。ぐっと力を込め、涙がこぼれるのを堪える。
ターンカール領の民からは感謝されていたが、他の領地の貴族からは「女のくせに」と妬みをぶつけられていたのを知っていた。容赦なく浴びせられる悪意のかたまりに、寂しそうに微笑む母の姿を見るのはどんなに辛かったか。
「ありがとう」と述べれば、アナベルは微笑んだあと、机に身を乗り出した。
「わたしも聞きたいんだけど」
赤みがかった茶色の瞳がきらきらと煌めいている。
『エクレア同盟』を組むまでは、アナベルに対して「近寄りがたいクラスメイト」という印象を抱いていた。気の強そうな見た目はもちろん、子爵家という自分より上の家柄もあるだろう。
しかし同盟を組んでからは、一気に距離が近くなった。
自分に好意を示し、心の内に土足で入りこんでくるクラスメイトはたくさんいた。やんわりと自分のスペースから追い出してはいたが、アナベルの場合、近づかれても不思議と不快感がない。むしろ心地よいとさえ感じる自分がいた。
「オジさまの印象はどうだった?」
「格好いい人だね」
「でしょ?!」
頬を両手で包み、黄色い声を上げるアナベル。かわいらしい姿に微笑み、言葉を続けた。
「自分みたいな子どもが相手でも、決して見下さないで、丁寧に対応してくれるのが嬉しかったな。あとは鍛えている人って、やっぱり格好いいなと思ったよ」
「そうなの〜! もう前線から離れてはいるんだけど、誰よりも早く宿舎へ行って鍛えてるのよ」
鍛えているのはクライドのはずなのに、なぜかアナベルが胸を張って自慢げに答えた。その姿にくすりと笑う。
すると彼女は少しだけ照れたように笑ったあと、胸を撫で下ろすような表情を浮かべた。
何も言葉はなかったが、彼女が抱く気持ちが手に取るように分かった。
『母さんに釣り合う相手なのか。反対に、相手にとって母さんは釣り合うのか』
本人がいないところで釣り合う釣り合わないなど、値踏みするような行為はあまりしたくなかった。しかし自分が動かなければ、母は決して己のために動こうとはしないだろう。ならば自分が相手を見極めて、引き合わせなくてはいけない。一種の正義感のようなものが心を駆り立てていた。
おそらくアナベルも同じ気持ちだったに違いない。
僕たちは始業の時間になるまで、次の作戦を練るために話し合いを続けた。
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