25人が本棚に入れています
本棚に追加
世襲といえども耳の聞こえない正太郎は、当然吟味方の任務に就くことはできない。貞永家には正太郎しかおらず、他に後を継ぐ子供はいない。
それならば、どこからか養子を迎えるか、はたまた平一郎の代で役目を終えるのか。差し迫った問題に直面したのだ。
「旦那様が決めることに異論はございません」
難産の末に正太郎を産んだ八重は、早々に二人目を諦めてしまった。手前がもう一人を産んでいたらと、後ろめたい気持ちもあったのだろうか。平一郎の考えに全面的に従う決意を伝えた。
すると、これならば誰もが納得できると考え、正太郎はある最善策を申し出た。
「岡本の伯母様に相談してみては、いかがでしょう?」
岡本の伯母とは平一郎の姉、貴恵を指す。
「おぉ、その手があったか!」
平一郎は思わず声を上げた。
「そうですわね。お義姉様ならば、きっと良い判断を下してくださるでしょう」
八重も納得した表情で賛同した。その最善策とは如何なるものであろうか?
貴恵は例繰方与力の岡本半兵衛に嫁ぎ、早々に二男を設けた。
ところが、長男が北町奉行所に仕え始め二年が経った頃、新たな命を身ごもった。
既に夫婦揃って四十路手前、思いも寄らぬ事態に二人は大いに戸惑った。それでも女児ならば扱いが違うだろうと、一縷の望みを抱きその日を迎える。
生憎、何の因果か生まれてきたのは、またもや男児だった。血を分けた可愛いはずの我が子なのに、将来を思うと存在自体が疎ましくなっていく。
「次男の行く末さえ悩みの種なのに、三人目の身の振り方まで考えなければならないとは……とほほ、何とも頭が痛い」
最初のコメントを投稿しよう!