観音通りにて・弟

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 「……え?」  間抜けな声が、自分の口から漏れていることに気が付く。なんだ、それは。堅気とは寝ないと言ったら、売春してきた? なんだ、それは。兄貴は、そんな理由で身を売ったのか。亜美花さんも俺も母も父も学業も将来もすべて捨てて、観音通りに足を踏み入れたのか。そして今も、この男と寝るためだけに観音通りに立っているのか。  「なに、それ。」  そんなわけない、なんで、あんたなんて、嘘だ。  切れ切れの台詞を、嘔吐するみたいに吐き出す。それしかできなかった。兄貴の性格は、知っているつもりだ。真面目で、頑固で、ホップステップジャンプの、ホップとステップをぶっ飛ばすようなところがある。その男が……その男だから……? そんな男だから、真面目にこんな男を愛し、頑固に全てを投げ捨て、ホップとステップをぶっ飛ばして男娼になったのか?  俺は、危うくその場に座り込みそうになった。頭の中がぐるぐるしていて、まっすぐ立っていられそうになくて。でも、意地でその場に立っていられたのは、男が俺の方を、面白がるみたいな目で見ているのに気が付いたからだ。  「失礼な子だね。」  男はくすくすと笑って、なにもかもを冗談にするみたいな調子でそう言った。  「でもまぁ、弟と同い年だから許してあげる。」  「……弟?」  「俺みたいなのには、家族とかいないと思ってた?」  「……いるなら、なんで。分かるでしょ、少しくらい、俺と兄貴のことだって。」  「分からない。」  男は細く煙草の煙を吐き出し、軽く笑った。  「全然分からないよ。そんなに康一が好きなら、康一が望むようにしてやればいいのに。康一の元カノと上手いこといって、康一のことなんか忘れて、幸せに暮らせばいい。康一が望むように。」  俺の弟は、そうしたよ、と、男はまた笑った。それは確かに笑顔なのに、俺はその表情をなぜか、暗いと思った。  「……できない。俺、兄貴のことそんな好きじゃないし。でも、兄弟だから。」  辛うじて口にした台詞。男は一瞬虚を突かれたように目を瞬いたけれど、すぐに飄々とした表情をとりもどした。  「兄弟だから、なに?」  「……兄弟だから、放っておけない。」  それだけだ、と思う。俺は兄貴とそこまで仲がいいわけでもない。それでもここまで来たのは、母親の懇願に押し切られたという理由もあるけれど、もっとわかりやすく、兄弟だからだ。好きじゃない。仲良くもない。でも、兄弟だから。
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