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電車を降り、スマホのマップを頼りに兄貴のアパートの向かった。俺が前にそこに行ったのは、三年前、兄貴が実家からアパートに引っ越したときに、手伝いに行ったっきりだ。道筋はいまいち覚えていなかったけれど、なんとか迷わずたどり着くことができた。
駅から続く商店街を抜け、静かな住宅街の中を5分も歩けば、なんとなく見覚えがある気もする灰色のアパートがある。部屋番号は、母さんから預かった合鍵の緑色のプレート状のキーホルダーに、テプラで張り付けてあった。101。
一階、角部屋。その灰色のドアの前で、俺はしばらく突っ立っていた。勝手に鍵を開けて部屋に入っていいのか考え込んでしまったのだ。昨晩、兄貴には電話をしたけど、出なかった。ラインも送ったけど、未読無視だ。勝手にドアを開けて、なにか見てはいけないものを目にしてしまったら、俺はどうしたらいいんだ。
5分はその場でぼうっとしていたと思う。すると、ジーンズのポケットでスマホが鳴った。引っ張り出して画面を覗くと、母さんからの着信だった。
出なくては。
昼でも雨戸を締め切った、真っ暗な寝室で寝込んでいる母さんの姿が思い浮かぶ。昔から細かったけど、今は本当にやせ細ってしまった。俺や兄貴が一つ心配をかけるごとに、ちょっとずつ母さんの身体が削られていってしまったみたいに。病弱で、神経も細くて、本当だったら、ずっと温室の中に閉じ込められているべき人だったのだと思う。俺を生んだときに、もうこれ以上子供は生めないと言われたらしい。
出なくては。
もう一度思って、思いながら俺は、スマホをポケットに突っ込み直して、合鍵を鍵穴に押し込んで回していた。かちゃり、と密やかな音がして、ドアが開錠される。そのままの勢いで、玄関のドアを開け、沓脱に突入した。そこに一足、白いスニーカーが置いてあったから、俺は兄貴が部屋にいるのだろうと判断した。
「兄貴?」
声はちょっと、揺れていた。お化けを怖がる子供みたいに。自分が悪いことをしているような感じがしていた。
「兄貴?」
もう一度呼んでも、返事はない。玄関から延びる短い廊下は薄暗く静かで、その先にあるドアは閉められていた。たしかあのドアの先がリビング兼寝室の八畳間だ。兄貴はそこにいて、ドアが閉められているから俺の声が聞こえていないのかもしれない。俺はそう考えて、靴を脱いで廊下を抜け、リビング兼寝室につながるドアに手をかけた。
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