夏めぐ

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   物で溢れる部屋にうんざりしきった社会人二年目の春終わり、なんとか作り上げた貯金を元手に一人暮らしの準備を始めることにした。普段何も首を突っ込んでこない母が初めて口を出したのは、一人暮らしをはじめると告げたその夜だった。 「一人暮らしって大変なのよ、いちから全て準備するんだから。特に物を揃えるっていうのはね…」 「僕はお母さんみたいに物を集める癖ないから」  ツラツラと並べられた苦労の経験を跳ね除けるように、リビングを背にして言い放った。  リビングを出てすぐの廊下に置かれたもう随分と使っていないウォーターサーバーに足を引っ掛ける。痺れた小指のせいでより母へ嫌悪感を抱いた。  打って変わって綺麗に整頓された自分の部屋を見て、母と同じ集め癖が遺伝しなかったことを救いだと思ってしまった。僕は母みたいにはならない。そう思った夜だった。  職場が夏休みに入るころ、夏の強い日差しを受けながら僕は一人暮らしをはじめた。  母の集め癖を非難するような言い方をしたあの日から、少しだけ母とはぎこちない関係性が続いていたように思えたが、引越し当日にもなると忙しさに塗れてぎこちなさなど何処かへいなくなっていた。  母はなぜか僕より忙しそうに玄関付近で慌てている。 「あと、床拭くやつはこれね。これと…あと、念のため袋も多めに持ってきなさい。ゴミいっぱい出るんだから。それから出来れば新しいタオルは買うのよ。持っていくやつ結構くたびれてるんだからね、あとは…」 「わかったお母さん。平気だから。もう時間だし行くよ」 「そう…そうね。やだ、ごめんね。こんなことしたら荷物が多くなっちゃうのに」  母が口にする言葉すべてが、どこか僕を引き留めているように感じてしまった。それと同時に軽い罪悪感を覚えたが、いつかは自立しなくてはならないと自分を奮い立たせて玄関のドアを開けた。 「じゃあ」 「いってらっしゃい。たまには、連絡してね」 「たまに、ね」  心のどこかでもう母に自分から連絡することはないだろうとすら思っていた。痺れを切らした母からの連絡に仕方なく連絡を返す息子の姿が容易に想像しながら、家を後にした。
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