夏めぐ

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 世間一般にミニマリストという言葉が蔓延するようになった昨今のなか、僕の母は時代に逆行するように多くのものに溺れながら生きている。  いつまでも断捨離を続けなければならない本棚、風呂場に何種類か置かれたシャンプー、なによりキッチンに置かれた使わない調味料の数々。正直名前を知らない粉が何個もあるのは間違いなく、最早母が手に取ったところを見たことがないものすらある。  一見手の込んだ料理をする母なのかと思われて、家に招いた友人には羨ましいがられたが実際そんなことはない。出てくるのは一般的な料理ばかりで、僕からしたら正直見栄を張っているようにしか思えなかった。 「使わない調味料さ、捨てないの。腐るよ」  母が台所に立つところを見計らってそう聞いたことがある。母はその日玉ねぎを刻んで潤った目を僕に向けながら照れくさそうに笑った。 「こういうの集めるの好きなのよ。ちゃんと期限前には新しいの買ってるし、安心して」  母の背中を通り越して冷蔵庫を開けるとソースや醤油といった調味料も数種類ずつ肩を並べていたせいで、母の集め癖には妙に納得できた。  思わずため息を吐きそうになるのを堪えてリビングに戻ると、正面のテレビ台の上に置かれた子供向けアニメのフィギュアが目に入る。昔から愛されているアニメでどうやら母がずっと好きらしい。  もう誰が好きなのかも知らないアニメのフィギュアを集めてしまうくらい、母の集め癖は凄まじかった。  自分の部屋に戻るといつもリビングとの物量の差に圧倒される。だだっ広い部屋にポツンと置かれた机と椅子、大きめのベッド。余計なものを増やし続ける母を反面教師にして作り上げたような部屋だった。
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