4 湯葉 改め 雪

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 そして昼休み、訝しむ湯葉を適当に言いくるめて、私と潮音さんと御手洗くんの三人で視聴覚室にのこのこ向かい、入った途端に出入り口を塞がれてプロジェクター前の席に座るよう脅された。 「……なんの用ですか?」 「白勢(しろせ)優芽(ゆめ)は生徒会長に相応しくない! 立候補を止めさせるべきだ!」  憤然と指を突きつけられる。  視聴覚室のカーテンは閉め切って、空調も切ってあり冷え冷えとしていた。  捕鯨反対勢力の主要メンバーは、ツナサンド、カニカマ、ウミブドウと呼び合っていた。 「ていうかあの人たちもフードネーム使ってるんだね……」 「同じ海産物を愛する者同士仲良くできないものかな……」  私と御手洗くんがぼそぼそ言っているのを聞きとがめたツナサンドさん(シューズのラインの色から判断するに二年女子)が「海産物だと!? くじらは私たち人間と同じ哺乳類なんだぞ!」と金切り声を上げる。 「カニカマはカニじゃないですしね」と潮音さんが付け足すと、 「カニじゃなくとも白身魚だから海産物には違いない!」とカニカマ(三年男子)が訂正する。 「立候補を止めさせなくても、湯葉が当選する確率は低いですよ。ね、御手洗くん、そうなんでしょ?」 「その通りで……」 「当選するか否かは問題ではないのだ!」カニカマ先輩が叫ぶ。「あのような厚顔無恥が立候補するというだけで我が校の恥だ!」 「……自校愛が強くていらっしゃるんですね」  私の冷めきった物言いもものともせず、 「くじらへの愛は更に強い!」 とウミブドウくん(一年男子)は変声期途中のかすれた声でのたまった。 「そもそもフードネームは本人が好きな名前をつけるのであって、フードネーム考案者の湯葉本人に責任はないかと思うのですが」  御手洗くんが冷静にそう言うも、 「潮音さんが『くじら』なんてふざけたフードネームを自称した時点で、白勢さんは糾弾するべきだったんだ!」 「そうだそうだ、白勢優芽も捕鯨加担者だ!」 捕鯨反対の会の面々は声を荒げるばかりだ。 「あの、あなたがたってベジタリアンなんですか? 豚肉とかも食べないんですか?」  私の質問にカニカマ先輩は堂々と答える。 「いや、豚は好きだ。牛も好きだ。鶏が一番好きだ」 「正直、くじら肉は駄目で豚や牛は良いって考えもよくわからないんですけど……」  カニカマ先輩は目を吊り上げる。 「きみのフードネームは知っているぞ! 辛いものの食べ過ぎで脳をやられているんだな!」 「……そうかもしれません。だから私相手にまともに話が通じると思ってるなら無駄ですよ。もう戻っていいですか? お互い貴重な休み時間がもったいないので」 「会長! この女子、まったく動じてませんよ!」 「なんて神経が鈍いんだ。彼女の味蕾(みらい)はとっくに壊れているに違いない!」  恐れをなすツナサンドさんとウミブドウくんに、カニカマ先輩は落ち着いた声で答える。 「案ずるな。そのために視聴覚室に呼んだのだ」  それから私たちは強制的に、捕鯨反対活動ドキュメンタリー映像を見せられた。プロジェクターから目を逸らすことは許されなかった。  雄大な自然の中で生きる壮大な哺乳類。それがくじらだ。  この美しく深遠なる生き物を食べる残酷な哺乳類。それが人間だ。  予鈴が鳴ると「あ、やべ、次体育だったわ、着替えねえと!」とカニカマ先輩が焦って誰よりも早く出ていき、私たちは解放された。  教室に戻ると湯葉が「ずいぶん遅かったね」と疑り深い目で私と御手洗くんを見た。  私たちがまごまごしていると、「次の数学、小テストだって覚えてた?」と湯葉は問題のヤマをまとめたメモをひらひらと振った。  神さま仏さま湯葉さまと仰いで、私たちはそれをありがたく受け取った。
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