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5 優芽と幸
「幸ー! 早く起きなさい!」
母の声が階下から聞こえるが、布団から出たくなかった。
ついに金曜日が来てしまった。午後の時間はまるまる生徒会選挙最後の演説、そして投票が行われる。
「ほら、朝ごはん食べたらあったまるから。今日は午後から雪らしいからね、傘忘れずにね」
母に急かされながら唐辛子入りホットココアを啜る。朝からこれは効く。
「雪なんてめずらしいね」
「十年ぶりの寒波だって。どうりで冷えるわけよね。それじゃ、お母さん先に出るから。鍵よろしくね、幸」
「うん、行ってらっしゃい……」
突風のように家を出る母を見送る。
幸。それが私の本名だ。そして親友が、今、名乗っているものは同じ響きを持っている。
この子が幸せになれますようにと願いをこめてつけられた名前。だけど私はそれを裏切る。
人が人を好きになるって、なんて気持ちが悪いんだろう。とても恥ずべきことだ。信じられない。神経を疑う。正気じゃない。
でも、人を好きにならないというのは単に私の嗜好であって、他人に理解できるものではない。
捕鯨反対の会の人たちが捕鯨問題にどれだけ心を痛めていても、私が感化されなかったように。
牛肉や豚肉を好きな人もいるのだから、くじら肉が好きな人だっているだろう。それに反対する人だっているだろう。
ドキュメンタリーを見せられても私が持った感想はそれだけだ。思考が浅く理解に乏しいけど、それを我がことと受け止めて自分の人生に取り入れることができない。
ゆきがすき。そんな甘い響きに吐き気を催す自分が悪い。わかっている。
誰のことも好きではないと示すためには、表情を消してしまうのが一番いい。それが私にできる最善だった。自分を守るための。
昼休みの終わり際、全校生徒が体育館へと列をなして向かう。
鈍い色の空からは雪が降りだしていた。
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